第36話 侵入
雅が受け取った封筒を開けた。
「――――なるほど。時間がないらしい」
「なんと書いてある?」
「要約すると、俺様が抜けたのが筒抜けとなっており、桔梗家が鬼神家に仕掛けたらしい」
「なんだと!?」
雅から聞き、朝陽は驚き大きな声を上げる。
朝も同じく驚き、ゆっくりと、咳き込みながら体を起こした。
「おい。体は起こさない方が…………」
「行って、あげてください……。今すぐ、戻って、ください」
朝が訴えるが、雅は内心悩んでいた。
今さっきの約束が頭を過ぎり、判断力が鈍る。
朝は、眉を釣りあげ、畳に手を付き体を乗り出す。
「お、おい……」
「私より、自分の家族を大事にしてください」
息切れが酷く、言い切るとすぐに咳き込み朝陽が布団に戻した。
布団をかけながら、朝陽も覚悟を決める。
その覚悟は、朝を捨てるというものではなく、雅を心から信じるという覚悟。
顔を上げ、雅へ視線を向けた。
「雅様、行ってあげてください」
「だが…………」
「私は、貴方を信じます。もう、鬼神家を襲うようなことは致しません。桔梗家の傘下から抜けます」
まだ、約束を果たせていない。
このまま帰れば、雅は約束を果たさない可能性もある。
それは、朝陽もわかっていた。
わかっているが、それでも朝陽は雅を帰るように促す。
笑みを浮かべ、胸に手を添えた。
「貴方なら口から発した言葉を必ず守ってくださると、信じます」
力強く言い切った朝陽に、雅の迷いは消え、頷いた。
「すまない、約束は必ず守る」
言いながら、雅は一枚のお札を取りだした。
「だが、ここも襲われる可能性がある為、一応これを置いていこう」
取りだしたお札に、白い息を吹きかける。
現れたのは、雪ダルマが複数。二人を取り囲むように移動した。
「これは?」
「そこまで強くはないが、結界を張ることくらいは出来る式神だ。今、この屋敷の周りに結界を張る。誰も出入りが出来なくなるが、許せ」
「わかりました」
雅は朝陽の言葉を聞き、またしてもお札を取りだす。
「それでは、俺様は行く。また必ず来る、それまで待っていてくれ」
「お気をつけて」
雅が廊下に走り、朝陽も追いかける。
屋敷の外に出ると、雅は一枚のお札を取りだし息を吹きかけた。
現れたのは、大きな氷の鳥。
雅は、背中に乗ると「またな」と言って、空へと羽ばたき姿を消した。
「あれが、式神と呼ばれる代物……。確か、一体だけでも多くの精神力を吸い取られるはず……。ははっ、あれは勝てん……」
呆れなのか、尊敬なのか。
わからない感情のままその場にへたり込み、朝陽はただただ雅が平和主義者で助かったと、心から安堵した。
「――――桔梗家は、終わったな。敵に回してはいけない家を、敵に回したのだから」
※
今日、夢で見た事態が起こってしまった。
「助かりましたね。美月ちゃんが未来を見てくれたおかげで早急に雅に連絡を送り、守りの体勢を整えることができたわ」
「い、いえ。もっと早くに知ることができれば、今のようにはなっておりません…………」
今、鬼神家はどこかの家が雇ったであろう武士に囲まれている。
おどこかと言っているが、確実に桔梗家が雇った武士というのは予想が着く。
金を使い、鬼神家を本気で滅ぼそうとしている。
しかも、雅様がいない時を狙ってくるところがまた、陰湿。
でも、美晴姉様なら考えそうなこと。
母様も姉様に乗ったのだろう。
そんなに、鬼神家が欲しいんだ。
こんな複数の武士を雇うくらいに。
こちらも早めに武士を招集し守りを作ったけれど、勢力は明らかにこちらが負けている。
長くはもたないし、怪我人が沢山出てしまう。
私も鍛錬をしていたから表に出ようとしたけれど、全力で響さんに止められた。
それで、今は一番奥の雅様の部屋に避難中。
女中さん達も避難しており、多分問題はない。けれど、武士の皆様が、大丈夫かな……。
「――――しっ」
響さんが口に人差し指を当て、外に気配を巡らせる。
――――気配を感じる。人の気配。
「侵入を許されたわね」
「っ!」
言いながら響さんは、一枚のお札を取りだした。
「出てきて頂戴」
ふぅ~と、息を吹きかけると冷気がお札を包み込む。
数秒待つと、中からは小さな女の子が現れた。
水色のおかっぱに、白い着物。
可愛い女の子だ。
「ゆうちゃん、氷の結界をお願い」
『あい!』
元気いっぱいに小さな女の子が返事をすると、小さな両手を襖に置いた。
目を閉じ、息を吐く。
っ、襖が、凍り始めた?
――――ガタガタ
「──っ、来た」
襖が揺れる、恐怖の音が部屋に響く。
開けられそうになっているけれど、響さんが出した式神? ゆうちゃんが作り出した結界のおかげで、何とか侵入を防げている。
でも、時間はないみたい。
侵入を許された時のために、なにか手を打てるものを準備しないと……。
雅様の部屋に、なにか……。
あっ、部屋の隅に鍛錬用の竹刀が立てかけられていた。
足音を立てずに、竹刀を取りに向かう。
「あ、美月ちゃん?」
よしっ、竹刀は手に入れた!!
────って、あ、あれ? ガタガタと音を鳴らしていた襖が静かになった。
「響さん、あの……」
「行った……とは、考えにくいけれど……」
響さんの言う通り、人がいると分かっているこの部屋を諦めるなんて考えられない。
響さんと顔を見合せていると、廊下の奥から女中さんの悲鳴が聞こえた。
「っ、しまった!」
響さんが襖を開ける。
外に出て走り、私も竹刀を片手に付いて行く。
廊下の奥には、刀を振り上げ女中を斬ろうとしている武士。
今からゆうちゃんを向かわせても間に合わない!
「キャァァァァアア!!」
女中さんが頭を抱えた瞬間、私は持っていた竹刀を武士にめがけて全力でぶん投げた。
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