第35話 取り引き

「そ、そんなの、嘘だ!! なら、何故話を持ち込んだ時に桔梗家の者は否定をしなかった。知ったような事を口にするな!」

「俺様は、桔梗家の次女、美月を嫁にもらっておると言ったはずだ。少なからず、桔梗家については十六夜家より知っているぞ」


 心内で「勝手に調べただけだけどな」と呟き、雅は言葉を続けた。


「桔梗家の力、治癒は小さな怪我を治すだけのもの。医師に匙を投げられた病を治すほどの力はない」

「そ、そんな……」


 顔を真っ青にし、へなへなと上げた腰を下ろす。放心状態となった朝陽に、雅は目を細めた。


「それなら、我々が今までしてきたことは、何だと言うのか……。鬼神家へ攻めるため、様々な武器を購入し、武士を雇い、有り金をほとんど使ったというのに……」


 それほどまでに本気で妹を治したいと思っているのだなと、雅は思わず笑みを浮かべた。

 自分のことを馬鹿にした笑みだと思い、朝陽は怒りを露わにし怒鳴り散らし始めた。


「なにを笑っている!!」

「おっと、すまない。朝陽は、優しい者なのだなと、ついな」


 雅が素直に言うと、目を丸くした。

 そんな朝陽など気にせず、雅は立ちあがった。


「――――さて、話は分かった。礼を言いたいところだが、言葉だけではお互いの得にはならん」


 笑みを浮かべる雅は、朝陽に一つの提案をした。


「そんなこと……」


 最初は信じられず、頷けなかった朝陽だったが、雅の強い瞳と、必ず治してみせるという意思に負け、提案に乗ることにした。


 ※


 提案に乗った朝陽は、まず事前に妹に会いたいという雅の言葉に従い、部屋へと案内した。


 襖へと声をかけ、開けた。


あさ、桔梗家の現当主、雅様がお越しくださっている」


 中は、話し合いしていた部屋と作りは同じ。

 唯一違うのは、真ん中に布団が敷かれているところ。


 布団の中では女性が一人、目を閉じ眠っていた。だが、朝陽の声により、朝と呼ばれた女性は目を開け、顔を少しだけ傾けた。


 滅紫色の長い髪、薄紅色の瞳。

 朝陽と瓜二つの妹の名前は、十六夜朝いざよいあさ


 雅の姿を見た朝は、微かに目を開き体を起こそうとした。

 だが、すぐに朝陽が止める。


「動かない方がいい」

「で、ですが……。来客とならば……」


 鈴の音のような声は、今にも消えてしまいそうな程弱弱しい。

 それだけで、もう命は長くないことが雅にもわかった。


 雅も「寝ていて構わない」と伝え、朝陽の隣に座った。

 まだ申し訳ないと口にしている朝を横にし、眉間に深い皺を寄せる。


「確かに、これは危険な状態かもしれぬな。桔梗家の力に縋りたくなるのもわかる」

「そうなのだ」


 二人の会話を耳にし、朝は不安そうに朝陽を見上げた。


「あ、朝陽兄さま。これは、あの…………」

「大丈夫だ、朝。朝の病を見てもらっているだけだから、安心してくれ」


 朝陽が伝えると、朝の瞳に影が差す。

「そう」と、すべてを諦めたような表情を浮かべ、顔を逸らした。


 今まで、複数の医師に診てもらったが、治せなかった。

 今のような態度を取るのも無理は無い。


 だが、雅に焦りはない。

 その理由は一つ、思い当たる医師がいるから。


 それは、ここから遠く離れた国の医師。

 雅は、その医師について伝える。


「――――期待するようなことは言えないが、桔梗家よりは信用できる医師を一人、知っている。そやつを寄越そうと考えているのだが、貴様的にどうだ」


 反応は無い。これだけではさすがに情報量が少なすぎるかと、雅は詳細を伝えた。


 雅が思い浮かべているその医師は、今までどのような病も治し、実績を積んでいるらしい。

 その知力と手腕は、どこの国も認めるほど。


 朝陽は、朝に「どうだろうか」と問いかけ、答えを促した。


 朝陽は、朝なら当たり前のように頷いてくれると信じて疑わなかったが、彼女からの返答は予想外な言葉だった。


「無理ですよ」


 その場の空気が一言、発せられただけで凍る。

 顔を引きつらせていた朝陽は、なんとか気を取り直す。


「えっ、な、なぜ、だい?」


 聞くと、朝はもう聞きたくないというように顔を逸らし、雅を拒絶した。


「今までの医師が無理だったのです。数人ではありません。もう、二桁に到達しているでしょう。それでも、誰も治せなかった。もう、諦めるしかないのです」


 朝の言葉に、朝陽は顔を俯かせた。

 重くなる空気に雅は優しく微笑み、目を細めた。


「朝とやら。もう、人生を諦めておるのなら、最後の医師――――ダレーンにその命、任せてはくれんか?」

「…………もう、期待はしたくありません。私の病は治らない。そう思っていた方が、何倍も楽なのです」

「そうか、悪かった。なら、言い方を変えよう」


 雅の言葉に朝は、視線だけを向ける。

 今もまだ淡い笑みを浮かべている雅を見て、目を丸くした。


「鬼神家のためにお主の諦めた命、使わせてもらいたい」

「――――え」

「なっ! 何を言っている貴様!!」


 感情的になった朝陽は雅の胸ぐらを掴み、怒声を浴びせる。

 雅は朝から目線を逸らすことなく、「どうする?」と、問いかけた。


 そのことに、さらに怒りが沸き上がる朝陽は、とうとう拳を振り上げた。

 だが、朝の瞳から涙が流れていることに気づき、唖然とし、自然と手が止まる。


「朝……?」


 振り上げた手を下ろし、彼女の名前を呼ぶと、縋るような瞳で、朝は雅を見つめた。


「……本当、ですか? 私の命、貴方のために使えるのですか?」


 朝からの問いかけに雅は、迷いなく頷き、「約束しよう」と、伝えた。


「私、人のために、誰かを守れる命を、持っていたの、ですか?」

「当たり前だ。誰かのために、その命は存在する。それは自分の為、家族の為、友人の為、様々だ。今回は、その命、俺様のために使ってほしい。後悔はさせん」


 雅の覚悟を目の前にし、朝と朝陽は数回瞬きした。

 その言葉だけでは理解ができない朝陽は、詳細を求めた。


「どういうことだ、鬼神家当主よ」

「簡単な話だ。俺様はダレーンに今回の件を持っていく。もし、診てもらえることになったのなら、十六夜家は鬼神家との戦争を中止してくれ」


 相手の弱みを握り、自分の利益を考えているような提案なため、雅は苦虫を潰したような表情を浮かべる。


 だが、こうでも言わない限り朝は、生きる事を諦めてしまう。


 せめて、ダレーンだけには見せたい。

 必ず治せると確信を持てるから。


「――――わかりました」

「朝、いいのか?」

「うん。でも、桔梗家との話は聞いているから、そこだけは心配かな」


 雅は、その言葉を待っていましたと言うように笑った。


「それに関しては問題ない。俺様は今、桔梗家に対して怒りが芽生えている。もう、容赦はしないつもりだ」


 よくわからないことを言われ朝陽は質問しようと雅を見るが、閻魔様のようなどす黒い笑みを浮かべている彼を目にすると、口を開くことが出来なかった。


「では、善は急げだ。あとはこちらに任せてほしい」

「あ、あぁ…………」


 それだけ言い残すと、雅は十六夜家を後にしようと立ち上がる。

 そんな時、襖の奥から一人の女中が声をかけた。


『朝陽様。鬼神家から手紙が届いております』


 その言葉に、雅と朝陽はただただ目を合わせ、困惑するしかなかった。

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