第21話 青い自然

 雅様と手を繋ぎ、市場を見て回る。

 海の匂いに包まれている市場は、本当に楽しい。


 ウキウキしながら歩いている私とは対照的に、なぜか雅様が先程からぼぉっと前を見ていた。


 ど、どうしたのでしょうか。


「美月」

「はい!」

「もっと他の所が良かっただろう。それこそ、前に行った栄町など」


 え、なんでいきなりそんなことを?


「ここに用があったからと言って、やはり連れてくるものではなかったな。ちょっと、場違いだったか」

「な、なんでそのようなことを?」

「…………なんとなくだ」

「なんと、なく?」

「なんとなくだ」


 気まずそうに顔を逸らしてしまった。


 なぜ、いきなりそのような事を思ってしまったのだろうか。

 私、何か余計なことを言ってしまったのだろうか。


 うーん……。考えても、わからない。

 な、なんだろう。


 …………あ、あれ? いつも以上に回りを気にしている?

 雅様がいつも以上にそわそわしている気がします。


 私も雅様と同じ景色を見るために、周りを見てみる。


 …………あっ、もしかして、男女で歩いている人がいないから気にしてしまったのでしょうか。


 周りには、子供連れや仕事で来ている人は沢山いるけれど、男女で歩いているのはおばあちゃんくらい……かな。


 それで、気まずくなってしまったのでしょうか。


「あっ、雅様!!」

「おー」


 ? お魚を売っているおじさんが、雅様に声をかけ――――雅様に声をかけた!?


 え、怖がられているのではなかったですか!? 声をかけ、え?!


「雅様、新鮮なものを沢山仕入れております、今日は私の所で買いませんか!?」


 あ、押し売り? 雅様に?


「ちょっと待ってくださいよ! 雅様! 今日は私の所で買いませんか!?」

「……おー」


「おー」で、いいんですか、雅様。

 なんか、隣のお店の人も雅様に押し売りし始めましたが……。


「前回、雅様はお宅で買ったではないか! 今日はこちらだ!」

「前回買ったのだから、今回も私の方だよ!」


 お、おじさんとおばさんが、言い争いを初めてしまった。

 そんな中、雅様は気にせず二つのお店を見比べ吟味している。


 な、慣れていますね、雅様……。


「あ、あの、雅様。い、いつもこんな感じなのでしょうか」

「ん? そうだ。ここは俺様を他の奴らと同等に扱ってくるから心地が良いのだ」


 あっ、本当だ。

 雅様、すごく楽しそうにしてる。


「だが、貴様と来る場所ではなかったな」


 あっ、え、な、何故?

 楽しそうだった雅様が、急に悲しそうにしてしまった。


 口元には笑みを浮かべているけど、目は悲しそう。


「そういえば雅様、ご結婚されたとお聞きしましたが、もしかして、隣におられる綺麗な方でしょうか?」

「そうだ。美月という。綺麗だろう」


 き、ききき、綺麗だろうって、そ、そんな……。


「おやおや、今の雅様のお言葉で顔が赤くなってしまいましたね。かわいい~」


 お、おばさんにも微笑みかけられ、もう、何も言えません。


 顔を隠していると、雅様が私の頭に手を置き、撫でてくださった。

 顔を上げると、微笑みかけてくれた。


「今はもしかして、逢瀬だったかな。でも、ここでかい?」

「うっ……。つい…………」


 おばさんがどこか気まずそうにそんなことを言っている。

 なぜ『ここで』と、聞くのでしょうか。


「確かにここは、海に囲まれ、風は気持ちがいい。ですが、逢瀬には少々不向きじゃないかしらねぇ~。雅様らしいわぁ~」

「す、すまない。本当に、ついなのだ……」

「そういう時もありますとも雅様! 気を落とさんでおくれ! これでもいかがですか!?」


 あっ、流れるようにまた押し売りし始めた。

 おじさんが隙を突いたみたいだけれど、おばさんがすぐに止める。


 ――――すごい、楽しい所だ。

 みんなが仲良し、雅様も楽しそうに笑っている。


 私もつられて笑ってしまった。

 すると、おばさんとおじさんが私を見た。


「あっ、すいません。下品に笑ってしまって…………」


 は、恥ずかしい。

 思わず笑ってしまうなんて。


「笑われてしまったよ、おばさん」

「いやねぇ~。笑われてしまったわぁ~」


 あ、あれ? なんか、喜んでない?

 なんで、喜んでいるの?


「こういう所だ」

「え?」

「こういう、明るく楽しい雰囲気を感じてほしかったのだ。だが、逢瀬には少々……」


 あっ、そういうことか。それを気にしていたのか。


 たしかに、市場はそこまで逢瀬には向かないかもしれない。

 それでも、ここに連れてきてくれたことに、私はすごく感謝していますよ。


「雅様。私をここに連れて来て下さり、ありがとうございます。こんなに美しい青い自然は、本でしか見た事がありませんでした。こんな、自然の匂いを、私は知りませんでした」


 周りに目を向けると、青色の海は、太陽の光を反射して、キラキラと眩しいくらいに輝いていた。


「このような場所、私は本で知ってはいましたが、実際に見ると全然違う。私、ここに来れて――いいえ。雅様と来ることが出来て嬉しいです!」


 言い切ると、雅様は少し驚いたような表情を浮かべたけれど、すぐに笑ってくれた。

 おばさんとおじさんも笑う。


 ここは、本当に温かい。

 雅様のような、素敵な場所だった。


 ※


「本当に、ここで良かったのか?」


 今は、市場での用事を終わらせ、今は栄町の本屋にいる。

 これは、雅様に最後にどこか行きたい所はないかと聞かれたため、本屋と伝えたのです。


「はい。ちょうど、欲しい本がありましたので」

「そうか」


 そのまま、雅様は歩き出してしまった。

 私も、雅様と共に歩く。

 大きな手が、私の手を包み込んだ。


 ※


「な、なによ、あの顔、なんで…………」


 雅と美月が栄町を歩いている時、偶然にも美晴も美郷と共に栄町に来ていた。


 その時、見てしまった。


 予想していた光景とは、全く違う妹の姿を。

 美月の楽しく、幸せそうな表情を見た美晴は、悔し気に拳を握り、歯を食いしばった。


「美月の分際で、私より幸せそうな顔を浮かべないでよ……」

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