赤い瞳を持つ私は不吉と言われ、姉の代わりに冷酷無情な若当主へ嫁ぐことになりました

桜桃

赤い目と黒い瞳

第1話 不吉な子

 雨の匂いを感じる。耳をすませば、自然の音が鼓膜を揺らし、思わず本から顔を上げた。


 私、桔梗美月ききょうみつきは今、畳の部屋で一人、本を読んでいた。


 家族は四人。母と父、姉と私。

 でも、誰も私に会いに来てはくれない。

 ずっと、一人で畳の部屋で過ごしている。


『美月様、お食事をお持ちしました』


 外から女中の声が聞こえた。

 私が襖を開けると、下げた顔を上げずに食事の乗っているお盆だけを押し付けて来る。


 受けとると、一切目を合わせることなくそのままいなくなった。


 襖を閉め、テーブルの上にお椀などを置く。

 今日は白米とお味噌汁。さんまの塩焼きだった。


 姉様には、もっと違うご飯が用意されているのは知っている。

 もっと豪華で、量の多いお食事を堪能していると、知っている。


「いただきます」


 私はいつも、端の部屋に追い払われ一人でご飯を食べる。誰も、私と目を合わせない。


 その理由も、私は知っている。

 私の瞳が──赤いからだ。


 赤は、血の色。体に傷がついた時に見える色で不吉だと言われた。

 でも、それだけではない。


 私は根暗で、姉様みたいに容姿端麗でもない。

 社交性もなく、外に出すのが恥ずかしいと、母と姉様が話しているのを聞いたことがあった。


 たしかに、こんな整えられていない猫っけな茶髪で、辛気臭い顔を浮かべている私など、隣を歩きたくないだろう。


 こんな私など、桔梗家の恥だ。

 姉様みたいに社交性もあり容姿端麗の人が外に出た方が、桔梗家の名前を汚さなくても良い。


 それに、桔梗家の血は特別で、代々特別な力が授かるという。


 父である久光ひさみつに嫁入りした母、美郷みさとも縁組みをし、桔梗家に伝わる力を手に入れたみたい。


 その力は治癒。そんな母の力を授かり、姉である美晴みはるも母と同じ治癒を手に入れていた。


 父の力は、相手の思考を読み取る。

 三人はそれぞれ力を授かったというのに、なぜか私だけはまだ現れない。


 これも、赤い瞳が原因だと言われ、呪いの根源だと比喩されてきた。


 最初は悲しかったし、辛かった。

 誰も、私と接してくれない。誰も、私と話してくれない。


 でも、そんな暮らしも数年と過ごせば、慣れてくるもので……。

 今は、この生活が当たり前で、一人が当然となった。


 そんな私だけれど、父はなぜか、私の好きな本を外注してくれる。

 母にも父にも意見しないで、味方になってくれるような言葉もかけないで。


 ただ、私が読みたいという本を、外注して届けてくれる。


 もう数年間ずっと本を読み続けていたため、部屋の中が本でいっぱい。

 食事を取りながら周りを見ていると、外から足音が聞こえた。


 私がいる部屋は、桔梗家の屋敷の中で一番奥。誰かがたまたま通りかかるなんてことはない。


 必ず、私に用事がある時だけ、ここに人が訪れる。


 でも、もう食事は通された。

 他に何か用事はないはず――いや、一人だけ、思い当たる人がいた。


 食べている途中のお椀を下ろし、襖が開くのを待つ。


 足音が聞こえてから数秒後、襖が勢いよく開かれた。


「また、辛気臭い顔しているわね、我が妹ながら恥ずかしいわ」


 実の姉である美晴姉様。

 艶のある黒髪を靡かせ、菊の花がちりばめられている赤い着物を着こなしている。


 私は、そこまで華やかな着物を買ってもらえない。


 ただの、赤い無地の着物。

 一応、赤色を着せてくれてはいるけれど、私みたいな根暗には似合わない。


 姉様みたいに華やかな人の方が、やっぱり綺麗に華が咲く。


「こんにちは、美晴姉様。今日はどのようなご用件で?」

「わかっているはずじゃない、美月。これ、やっておいて」


 言いながら美晴姉様は、数十枚はある紙を机に置いた。

 これは、美晴姉様に出された宿題のはず。


 美晴姉様は、素敵な殿方へと嫁ぐため花嫁修業をしている。


 その中の勉学は重要視されており、容姿端麗、頭脳明細を目指し日々励んでいると聞いていた。


 でも、美晴姉様は、いつも私にこのように宿題を押し付けてくる。


 私自身は暇つぶしになるのだからいいのだが、これではせっかく美晴姉様のために作った講師様が不憫だ。


 それを言っても、美晴姉様が絶対に引かないことは知っているから、何も言わない。


 私がすぐに頷かなかったことで、さっきまで笑っていた美晴姉様の表情が徐々に不機嫌へと変わる。


「なに? 私の言う事が聞けないの? 誰のおかげで一人にならずに済んでいると思っているの」


 見下ろし、私を見下す美晴姉様。

 いつもこうやって私を蔑み、その後は、あたかも自分のおかげという言い方をするんだ。


 今回も、きっとそうだ。


「私が、時間がない中、このように会いに来てあげているのだからでしょ!? その恩を少しでも返しなさいよ!!」


 ほら、やっぱり。

 自分のおかげでという言い回しをして、私を牽制してくる。


 ここで私が変に言い返せば、癇癪を起こし髪を引っ張られる。

 素直に頷かないと、酷い目にあう。


「…………すいません、やらせていただきます」

「それでいいのよ」


 そのまま背中を向け、美晴姉様は部屋から出て行った。


「はぁ……。でも、美晴姉様の事は、嫌いになれない」


 私の、唯一の話し相手。そうなっているのが現実。

 早く済ませないと、また癇癪を起こしてしまう。


 食事を直ぐに済ませ、美晴姉様が置いて行った宿題に筆を添える。


 本をたくさん読んできたため、勉学はそこまで苦手ではない。

 美晴姉様に出される宿題は、すぐに終わらせられる。


 今回も、約一刻程度で終わる。

 集中していたため、首や腰が痛い。


 同じ体勢だったのもあるし、無理はない。

 伸びをして、外の音を楽しもう。


「…………」


 私は、いつまでこのような生活をしていかなければならないのか。


 そう思いながら私はまた、読んでいない本へと手を伸ばした。

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