君の匂いは麻薬のような
ねこくま
第1話 麻薬
『いい匂いだと感じる相手は遺伝子レベルで相性がいい』
たまたま見たテレビで見たこの言葉。
これを見て僕は思ったのだ、やっぱり僕とコーヒーの相性は最高なんだって。
コーヒーとはもちろん飲み物の事で、決してそういう人物が居るわけじゃないのだが、生まれてこのかたコーヒー以上にいい香りだと思うことがなかった。
だからこそ、喫茶店の二階に住まわせてもらう代わりに、学校が終わったらそこで働くことをしていた。
だがそれも最近までだ。
あの雨が降った日。窓の外を泣きながら眺める彼女の前にコーヒーを置いたとき、それ以上の香りが鼻を抜けた。
少し甘い香り、そしてお日様の温かい匂いがした。
〇 〇 〇
「やっほー今日も来ちゃった」
「一週間ぶりですね」
あの日以来、毎週金曜日に彼女は来るようになっていた。
同じ高校の制服を着ているが、見たことがないため他学年。
茶髪のショートヘアをハーフアップでまとめている彼女は、一言で表すなら美人という言葉がよく似合う女性だった。
しかも、どことなく大人びているのできっと僕の一個上三年生だろう。
「いつものお願いしていいかな?」
「ブルーマウンテンのミルク多め、角砂糖三つですね」
彼女は来ていたコートを椅子の背もたれに掛けカウンターに座る。
店内には常連のお客さんの楽しそうな会話と、焙煎機のゴリゴリと豆を削る音が響く。
「ヤーヤーヤー、また来たんだね」
「麦さん。お邪魔してます」
店の裏から店長が出てくる。
「店長サボらないでくださいよ。てか、最近サボる回数増えてないですか?」
「あーほら、もうアタシのやることないかなぁって思ってさ。最近一人にしてても勝手にやっちゃうし」
喫茶店と言っても広くはなく、むしろ小さ目。だからこそ新しいお客さんがめったに来ることはなく、ほとんどが常連客。
だからこそ、常連さんの飲むコーヒーは覚えたし新しいメニューを考えたりしている。そのせいか、店長はサボる回数が増えているらしい。
「でもほら、一人の時はちゃんとやってるからさ」
「いや当たり前でしょ」
一人の時もサボっていたら目も当てられない。
「麦ちゃんはいつも頑張ってくれてるよ。なぁばあさんや」
「そうね」
「やめてくださいよー。そんなこと言って甘やかすからサボるんですから」
「手厳しいなぁ」
はっはっは。と老人夫婦は笑う。
「あ、お待たせしました。それとこれはおまけのプリンです」
「え、良いの?」
「はい、これは試作段階でお客さんの飲んでいるコーヒーに合わせて作っているんですよ」
「そんなことまで……あ、おいしい」
「コーヒーに合わせて甘さは控えめにしてありますよ。苦いものをのむ方にはちょっと甘めに作ったりしてますね」
「もうアンタが店長になりなよ」
「いやまだ学生ですって……」
ゆくゆくは、自分のお店も持ってみたいがまだ高校生の段階。もっと先の話だろう。
それにしてもだ。
「どうしましたか? 今日元気がなさそうですけど」
「そーか? いつもと変わらないと思うけど」
「あはは……よく気が付きましたね」
「マジかよ、何で気づいたんだ?」
「えーっと……」
いつもの優しい香りの中に、すこし涙のような匂いがした。
なんて言えるはずもなく、なんとなくですよと誤魔化す。
「それで何かあったんですか?」
「まぁ親と喧嘩しただけですよ」
「ありゃ、珍しい」
確かに、こんな落ち着いている人が親と喧嘩するなんて想像できない。
「私夢があるんですよ。いえ、最近できたばっかりなんですけど、それを親に反対されまして」
「あー」
確かに高校三年となれば将来の事なんて考えて当然だ。
そして、それが原因で親と喧嘩も割と聞く話ではある。だけど……
「もう一回ちゃんと話した方がいいですよ」
赤の他人の説教でしかないけど、もし本当になりたいものなら諦めるべきではないし、そのことは向き合わなきゃいけないことでもある。
「大丈夫。もう一回ちゃんと話す予定だから、ここに来たのは単なる気分転換だよ」
「そうなんですね。良かったです」
「うん。それじゃあ、一旦帰るね」
「はい、また来てください」
「うん。また後でまた後でね、
ん? また後で? あーまた話が終わったら来るのかな? てか何でぼくの名前を知ってるんだ?
しかし、そのあと再び来店することはなく。夜ご飯の買い出しが終わって店に帰って来た時だった。
二階の窓から部屋の明かりが漏れ出している。
間違いなく、部屋の明かりは消してから出かけたはずだ。
「泥棒なのか……」
考えうる中で最悪の可能性に気づき口から洩れる。
音を立てずに店内から二階に上がり、袋に入っていたネギを持ちゆっくりと扉を開ける。
そして、ソファーに座っている頭にネギを振り下ろした。
「アイタッ」
もちろんネギでたたいているため、大したダメージは入らず相手は振り返ってくる。
「な、なにしてるんですか林道君……」
「あ、あなたは!」
そこには何故か彼女が居た。
「あーそういえば、自己紹介してませんでしたね。私、
「これはご丁寧に……じゃない! なんでいるんですか!」
「今日からここに住むので」
「は? えっドユコト?」
「お店に来た時話したじゃないですか、親と喧嘩したって」
「いやしてたけど、だからってなんでここに住むんですか!」
「ここのお店のオーナー私の父です」
その言葉を聞いて、脳内の点と点が繋がっていくのを感じる。
「だから、お店のカギを持ってるんですね……」
この二階に来るためには、店内の階段を上がる必要がある。
外からは侵入不可のため、カギ無ない人は入れないはずなのだが、オーナーの娘となればカギぐらい持っているだろう。
「結局あの後親と喧嘩したまんまで、正直今の状態は家出みたいなものなんですよ」
「いやいや、ダメでしょ。男と二人で寝泊まりなんて」
「それに、林道君にも責任が多少あるんですよ」
そんなものどこにあると言うんだろうか。
「家に帰って、やっぱり喫茶店を継ぎたいって言ったら。まだ一年生なんだからそんなことは後ででいいって言われちゃって」
「ん?」
一年生って言ったのか……
「あー知りませんでしたか? 私一年生ですよ?」
大人っぽいせいで勘違いしていたらしく、後輩だということが判明。
今日だけで情報が多すぎる。
「だから、責任を取ってほしいんです。人の夢を応援したセ・キ・ニ・ン」
な、なんだろう。言い方のせいでとても俺が悪いことをしたかのような……
「それに、この同棲まがいの状況はむしろ好都合です」
「はぇ?」
「ねぇ、知ってますか? いい匂いだと感じる相手は遺伝子レベルで相性がいいらしいですよ。特に異性ならそれはそれは運命的なものらしいです」
ゆっくりと僕の胸元に顔を近づけ、スンッスンッと匂いを嗅ぎ始める。
そして、目の前に顔が来たせいで僕も匂いを嗅いでしまい、お日様の香りと甘酸っぱい香りが広がって脳がしびれそうになる。
「あのコーヒーの匂いが充満した店内で、林道君の匂いだけは鮮明に感じました。もうこれって運命ですよね?」
頭の中がクラクラして何も考えられなくなってきた。
「だからもう、こっちの責任も取ってください。セ・ン・パ・イ・ク・ン」
「わ、わかったからいったん離れてくれぇぇぇえええ」
あぁ、どうしてこうなった。僕は毎週金曜日に作業の間に数分間君を見ているだけで良かったのに。
離れても匂いが頭から離れない、そうこれはきっと、例えるなら……
君の匂いは麻薬のような ねこくま @nekokumakanran
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