第8話 あの伝説の教師が異世界で吼える

ミキオ「あとちょっと気になることがあるので試してみたい。エル・ビドォ・シン・レグレム、我が意に応えここに出でよ、汝、紀伊國屋文左衛門!」


クロロン「またそんな偉人を気軽に…」


 王都フルマティのひと気のない海岸に置かれたサモンカードから再び紫色の炎が噴き上がる。ビートルズの4人は口々に「Wow!!」「It's a magic!!」などと言っている。


紀文「はて、ここは一体…」


 炎の中から髷を結った商人風の着物を着た若い男が出現した。恰幅がよくて見るからに福々しい。そしてやはりだ、手には笊を抱えており、中にいくつかの紀州ミカンが入っている。


ミキオ「紀文さん、よく来てくれた。ミカンもらっていいか」


紀文「どうぞどうぞ」


 江戸時代にミカンの取引で財を成した豪商である紀伊國屋文左衛門、通称紀文はおれたちに気前よくミカンを振る舞ってくれた。農夫のおっさんやビートルズの4人も美味そうに食べている。ポールとジョンは美味いなと言って肩をくんで語り合っていた。後年いろいろ言われているがこの頃は仲良かったんだな。


クロロン「ミキオはこの人を呼んで何が試したかったの」


 何が面白くないのか仏頂面の妖精におれは答えた。


ミキオ「紀文はおれのイメージした通りにアイテム、この場合はミカンを持ってきてくれた。思えば太公望は釣り竿を、華屋与兵衛は寿司桶をもって召喚されていた。つまり召喚する人物には任意のアイテムを持たせて召喚できるということだ」


クロロン「そうだね。ただしその人物にちなんだアイテムじゃないとダメだけどね」


ミキオ「念の為に訊くが、ミカンだけってのは召喚できないんだよな?」


クロロン「召喚できるのは命のある生物だけ。ミカンはミカンの木の一部だから召喚できないよ。ミカンの木1本丸ごとなら植物とは言え生物だから召喚できるけど」


 なるほど、まあ理にかなってる。などと考えている間にタイムアップで農夫のおっさんもビートルズの4人も手を振りながら消えていった。さすが世界のビートルズ、よく知らないおれにも彼らのオーラが伝わってくる。世界中のアイドルになるのも頷ける魅力的な4人だった。農夫のおっさんは知らんが。




 神与特性についてはまさしく神の領域で、妖精もよく知らんということで本日のトレーニングは上がりとした。昼飯がまだなのでここからそう遠くないヴァンディーの街へ行くことにする。妖精の検索によればポポン焼きという甘い蒸し焼きパンのようなものが街の名物なのだそうな。まあ昨日の店もイマイチだったし、あんまり期待していないが。


クロロン「あ、あった、あれがポポン焼きの屋台だね」


 妖精に導かれおれは屋台に向かい、ひと袋買ってみた。真っ黒くて細長いパンだ。ふむ、これはまあまあ美味い。素朴な味だな。週イチくらいならランチはこれでもいいな…などと考えていると横から若い女が声をかけてきた。


女「失礼、これはどういう食べ物ですの?」


 髪の長い、いかにもどこぞのお嬢様といった風貌の女だ。


ミキオ「おれも初めてだ。まあ美味いんじゃないか、知らんけど」


女「ま、ぶっきらぼうな殿方ですこと…ご主人、わたくしもそのポポン焼きを1人前」


屋台の親父「へい毎度」


 屋台の親父が答えるが、女の格好はいかにもこの屋台に似つかわしくない。貴族ならレストランに行けばいいのに。


女「フォークはありませんの?」


屋台の親父「そのまま手でいってくだせえ」


 女はポポン焼きの入った袋を受け取りながらそんなことを言う。


女「ま、手づかみなんて無理ですわ。食器を用意して下さらない、あと席とナプキンも」


屋台の親父「いやぁこんな店でそう言われてもね」


女「まっ、このわたくしに立って食べろとおっしゃるの!」


 なんだこの女。何様だというのだ。まだ十代後半てとこだろうが世間知らずにも程がある。店の親父も困っているので助けてやることにした。


ミキオ「エル・ビドォ・シン・レグレム…我が意に応えここに出でよ、汝、武田鉄矢!」


武田鉄矢「なんですかぁ」


 紫色の炎の中から長髪をかきあげながら40代くらいの武田鉄矢が出現した。やはりモノマネ芸人臭い誇張感が気になるが、ご丁寧にちゃんとグレーのジャケットに臙脂色のタイ、ベージュのパンツというフルパッケージ版の金八で来てくれた。


ミキオ「武田さん、あの女が聞き分けないんだ、ちょっと説教してあげて」


武田鉄矢「こらぁ!何しとるんですか、このバカチンが!」


 武田鉄矢はいきなりエンジンフルスロットルで説教モードだ。これは5分間延々とやりそうだな。


武田鉄矢「いいですか、郷に入っては郷に従え、そういう言葉があるでしょうが! よく話を聞きなさいよ、我々はミカンや機械を作ってるんじゃないんだ、毎日人間を作ってるんですよ!」


 女が半ベソになってきた。可哀想だが、いい勉強になるだろう。タイムアップとなり武田鉄矢が消えかかる頃にはすっかりしゅんとなっていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る