STEP.1 魔王の旅立ち
勇者の死から1年余りが経った。
私は魔王としての執務をこなしながら、彼の『やり残した仕事』に向き合う毎日を過ごしていた。
越えるべき壁として立ちはだかった最初の壁は〈言語〉で、彼のメモは見慣れぬ言語で書かれており、おそらくそれは彼のいた世界の言語であった。
彼が生前に書いたメモ書きなどを彼の家族の協力を得てかき集め、彼を慕う研究所の皆と法則性から読み解けないかを検証した。
結局、全てを読み解く事は難しかったが、一部を解読して分かったのはこのメモは1つの〈ゲーム〉の世界のあらましを書いた物だという事。
そのあらましの中身は主人公は仲間と共に世界を救うリーダーとなって世界を救うという事。
そして、その舞台となる世界は彼がかつて暮らしていた異世界の〈ニホン〉に近い世界なのだと。
彼はやはり心のどこかで、故郷に戻りたかったのかもしれない。
彼のメモに描かれた絵の中にあった建物は彼が教えてくれた学舎にそっくりだったし、
〈エヌピーシー〉とやらの服装も我々の世界と違う文化を感じさせた。
主人公は16歳の少年らしく、その学舎を通して仲間を集め、世界を救うのだそうだ。
それ以外にも、沢山の知らない〈ユーアイ〉とかいう操作盤の様な物や〈コントローラー〉なる使い道が分からない魔道具の様な物も描かれていた。
その辺りが分かるにつれ、私はこの世界の中で〈ゲーム〉を完成させる事に少し諦めを感じていた。
人間とは違い、魔族の寿命は10倍近い。エルフと並ぶ長命種だ。
時間をあと数100年掛ければ追いつくかもしれない。
だが、どうしても私は彼が居た世界の文明レベルに追いつくイメージができなかった。
しばらく悩んだ後、
私は彼の居た世界へ渡る方法を探す事にした。
それはただ〈ゲーム〉の為だけではない。
彼が見た、育った景色を見たいという恋慕から来る感情も少なからず含まれている。
「だって、お前が来れたのだ。私がいけない道理は無いだろう?」
そう1人呟くと、私はメモを携え、研究所へと向かった。
「ようこそ魔王サマ!本日もお早いデスネ!お仕事は大丈夫なのデ?」
研究室の長であるゴブリン族ハイメイジゴブリンのゲオルクが出迎えてくれる。
ここ1年は毎日仕事終わりに向かい、一緒に難題に挑むうちに、随分と研究所の皆とは打ち解け、気安い関係となった。
「大丈夫だ。時間がかかりそうなのはアリーゼに任せてきた」
そう返すとゲオルクは半ば呆れた顔でこちらを見る。
「執務の一部を妹君に丸投げトハ・・・。そのうち怒り狂った妹君が魔杖を片手に乗り込んで来たりしまセンカ?」
「ハッハッハ・・・」
「せめて否定するなりはして欲しかったデスネ・・・」
仕方ない。その辺は怒られたら考えることにしよう。
何故なら今日はもっと怒られそうな事を研究所の皆に頼みに来たからだ。
「ゲオルク、研究所の中で口の固い物だけ集めてくれまいか?」
「ハッ!少々お待ちくだサイ!」
ものの数分で10数名が私の前に集められた。
ゴブリン族だけではなく、ワーキャット族にダークエルフに、更には人間までいる。
勇者リンドウが成し遂げた未来の結果生まれた光景に少し顔が綻ぶ。
我がごとの様に嬉しく、そして誇らしかった。
「「「・・・・・・」」」
私の言葉を待つ皆にハッと我に返り、少しでも威厳のある顔を保とうとする。
「皆には頼みたい事がある。私は勇者リンドウがいたという異世界を見に行きたい。」
実のところ、見るだけで満足するつもりはない。
〈ゲーム〉が出来るまで、『引き継いだ仕事』をやり遂げるまでは帰らないつもりだ。
そもそも帰る方法があるかも定かではないが。
「ほう!やはり彼方の世界の文明をより知る事で、より我々の文明を押し上げるという算段ですな!さすが魔王様です!」
ダークエルフが感心してくれているが残念ながら大外れだ。
動機など、ただ亡き片想いの男の未練を果たしたいという個人的な欲でしかない。
ワガママな王をどうか許してほしいと内心思いながらも頷く。
「大体その通りだ。
生前、勇者らが研究した結果は我々も共有されているはず。幾つかの課題はあれど理論は既にあるのだ。
実践といこうではないか?」
「じ、実践ですか?あの理論で?」
『実践』という言葉に研究者たちに動揺が走る。
ゲオルクが一歩前に出て、真剣な顔で問う。
「魔王サマ。それはつまり、我々の世界から動かずに、かの世界を覗き見るのではなく・・・」
「そうだゲオルク。私は異世界へ『渡る』と言っている」
一瞬で空気が静まり返り、その後、ゴクリと誰かぎ唾を飲む音がした。
「大変失礼ですが魔王サマ。仰っている事の意味はご理解されておりマスカ?」
恐る恐るゲオルクが顔色を伺いながら問う。
周りの研究者も一同に不安そうな顔でこちらを見ている。
「分かっている。私は肉体を捨て『生まれ変わり』となりて、かの地に向かうつもりだ。
そうしてでも見たい。そして知りたいのだ。
だからこそ、彼の弟子となった君たちにだけこうして伝えている。」
「「「・・・・・・」」」
静まり返るなか、皆の私を見る空気が変わるのを感じ取る。
どこか決意を秘めた覚悟の眼差し。
彼ら一人一人の目に、炎が灯るのを私は見た。
「わかりまシタ。不祥ワタクシ、ゲオルクが!
我が名と恩師の名に掛けて、全力を尽くすと誓いまショウ!」
ゲオルクの宣誓の動きに合わせて、皆が各々の部族に合わせた礼を取る。
こうして、魔王の転生作戦は水面下ではあるが、急ピッチで開始した。
その夜、私はかの理論についての研究結果を改めて読んでいた。
これはリンドウが共同研究した者たちへ伝える為に我々の言語で書いてくれている為、素直に読む事が出来るのだ。
世界を渡る理屈はこうだ。
通常、死んだ際に肉体から離れた魂は、記憶などは失われ、純粋なマナと呼ばれるエネルギーに濾過される。
その後、マナは世界に帰り、また新たな生命としてマナを世界から授かって産まれてくる。
我々が魔法という技術を使用できるのはこのマナがあるからだという。
これが彼、〈ゲームクリエイター〉であったリンドウが考えたこの世界のルールであり、法則である。
そして、この法則には例外がある。
魂に強い執着があった場合、その魂は濾過の過程で記憶を失う事なく、またその魂に所縁のある者の側で産まれ変わるというのだ。
彼はメモに『そっちの方がロマンあったから』と書いていた。
意味は分からなかった。
これだけでは、私は死んでも今の世界にしか転生出来ないだろう。
だが、もう1つの法則。
彼がこの世界に施した〈ウラセッテイ〉なる物がこの理屈を可能にする。
彼のメモにはこうある。
『後々、リアル店舗とコラボしたり、他の作品と繋げやすい様に設定した裏設定がある。
魂であるマナが還元される場所は各世界で繋がっており、通称〈マナプール〉を通して、世界を渡る奇跡が起きる場合がある。
僕が転移した理由も自分で作ったこの設定の所為かもしれない。』
前半はよく分からないが、
つまりはマナが帰る場所〈マナプール〉に、
記憶があるままのマナで侵入し、〈マナプール〉を通じて向こうの世界にわたってから、産まれ直すのだ。
これが理論で止まったままなのは、やはり、死なずにマナになる方法が分からず、彼自身も誰かを犠牲にしたり、家族がいる中で自死を選択しなかったからであろう。
この〈マナプール〉からの世界の移動は不確定な要素が多い。
だが私は彼が生み出した世界の法則を、ひいては彼を信じて実行する事に決めたのだ。
転生計画がスタートし、数ヶ月が経過した。
課題となる記憶の保持と、〈マナプール〉の中で彼のいた世界に渡る事、その2つの検証や考察が日々続けられていた。
ゲオルクと研究者たちは過去の記憶の保持者の傾向を分析し、
意志の強さに加えて、マナの総量、つまりは魔力量が多ければ、濾過が間に合わずに記憶を保持したまま〈マナプール〉へ行けると仮説を立てた。
私はその間に、妹に悟られぬように魔王としての権限を少しずつ部下に渡していき、
身辺整理をしていた。
計画から1年が経つ頃、ようやく2つ目の課題について仮説が立ったと連絡が入った。
魂に縁ある者の元で産まれ変わる場合があるという例外を利用して、勇者リンドウと彼のいた世界に所縁のある物を身につけて死ねば、彼のいた世界へ〈マナプール〉を通過できるのではないかというものだ。
彼がいた世界から持ち込んだ物と聞いて思い浮かんだのは、彼がこちらにやってきた時に身につけていた衣服だった。
慌てて彼の妻である魔術師マーサに連絡を取り、
彼らの住む家を訪れると、机の上には既に綺麗に畳まれた〈Tシャツ〉とか言っていた服とズボン、そしてボロボロになった靴が置かれていた。
「彼のところに行くんでしょう?」
あまりに準備の良さに驚いていると椅子に座りながら彼女はそう尋ねてきた。
「・・・どうして?」
「そんなの聞かなくても分かるわよ。女の勘を舐めないで頂戴な。アンタが彼の事好きだった事はずーっと知っていたわ。」
私は顔が一気に火照るのを感じながら、何も言い返す事は出来ず、玄関に立ち尽くしたまま、彼女から目を逸らした。
「あら、取り繕って否定もしないのね。アンタは覚悟を決めるのが遅かったのよ。きっと本気で彼を射止めようとしていたら、私はきっと負けていたわ。」
「そんなことは・・・」
「あるわよ。これも女の勘ですけどね。」
そう言って彼女は椅子から立ち上がると、袋に丁寧に彼の服を一つ一つ大事そうに撫でながら、入れていった。
「私は人間で、そして短いだろうけど彼と紡いだ子供たち、そして孫を見守る責務がある。
私にはあの日アンタが『引き継いだ仕事』をやり遂げる事は出来ない。」
彼女が目をまっすぐ見つめて、袋を渡しながら意志を告げる。
「だから、約束しなさい。必ず成し遂げると。
私はこの世界で、アンタは彼の居た世界で、残された者同士、キッチリやり遂げましょう。」
「わかった。貴女の思いも一緒に持っていく」
決意を込めて、改めて強く誓う。
真剣な顔で答えると、彼女は納得したように笑みを浮かべた。
「それでいいわ。元気でねエリーゼ。」
「貴女にその名で呼ばれるのは恥ずかしいな。ありがとうマーサ。どうか元気で。」
多くは語らず、そう返して私は彼らの家を後にした。
彼女から初めて名だけで呼ばれ、驚きはしたが、表情には出さなかったつもりだ。
いや、察しのいい彼女は気付いていたかもしれない。昔はイタズラ好きで有名だった彼女の事だちょっとした意趣返しだったのかもしれない。
こうして、実行に必要な準備は整った。
深夜、私は妹へ置き手紙を残して、残る全ての魔王の権限を妹へ移譲する手続きを行い、彼の服とメモだけを持って部屋を出た。
集合場所だとゲオルクから伝えられた場所は彼の葬儀が行われた教会だった。
バレないように時間をかけて教会につくと、既に皆は到着しており、ゲオルクや研究室の皆だけでなく、賢者ラークの姿もあった。
「なんでワシが居るのかという顔じゃの。
この教会はワシが管理しておるからのう。
マーサから頼まれての。訳は聞いとらん。
じゃが頼まれた通り、彼が使ったのと同じ棺、同じ花、そして同じ場所を用意した。」
よく見れば教会には既に棺が運び込まれ、そばには沢山の花が用意されていた。
「あとはこれじゃ。マーサからそなたにじゃ」
そういうと碧く透き通った液体の入った瓶が渡される。
「これは一体?」
瓶を手で軽く振りながら、賢者に尋ねる。
「生命を削って魔力を高めるポーションじゃ。それを致死量まで濃縮してある」
「これで死ぬのと魔力量を稼ぐのを同時にやるという事だな。相変わらずあの魔術師・・・いやもはや魔女だな。やる事が大胆だ」
「ホッホッホ、同意ですなぁ、あの女には旅の途中で何回実験台にされた事か」
賢者は思い出すように天井を仰ぎ見ながら、髭をさする。
「感謝するぞ、賢者ラークよ。お陰で楽しく逝けそうだ」
「いえいえ、魔王ルキウス殿、その旅路に幸多からん事を」
賢者の祝福まで受けたのだ、不安な気持ちは微塵も無かった。
「魔王サマ!ではこちらに!ポーションを飲んでから棺に横たわっていただき、それから数刻で魂が肉体から離れると思いマス!
我々も全力で魔力を注ぎますので、あとは貴女サマの意志のままに進んでくだサイ!」
私を棺に案内しながらゲオルクが手順を教えてくれる。
「アッ、魔王サマ、その・・・彼のメモはいかがいたしまショウ?
魂になっては向こうへは・・・」
「みなまで言うな、全て覚えている。私が逝った後はこのメモはマーサに渡すようにしてくれ」
大事に抱えたメモを目にして気を遣ってくれたのだろう。
彼のメモと衣類を片手でギュッと抱きしめ、ポーションの瓶を開け、皆に見守られながら棺の中に立つ。
「皆、今日まで本当にありがとう。私の後任には妹アリーゼが着く。そそっかしい妹だ。どうか皆で支えてやってほしい」
話を聞く研究者の中にも、既に泣きそうな表情をしている者もいる。
「そしていつか私が戻った時にこの国が無くなってる事のないよう頼む」
少しニヤリと笑って言うと、皆笑って頷いてくれた。泣きそうな顔だった者も少しは笑ってくれたようだ。
「せっかくだ。楽しく逝こう。全員、酒でもなんでも良い瓶を持て!」
研究者たちがそそくさと酒瓶を探し出し、みんなに分けていく。賢者もちゃっかり良い酒を持っている。
「それでは、新たなる世界への旅立ちに!」
「「「乾杯!」」」
掛け声共にポーションを飲み干し、一気に身体が熱くなるのを感じた。
棺に横たわるとすぐに意識は曖昧になり、彼らの唱える魔力供給の波を感じながら、しっかりと勇者リンドウのメモと衣類を握りしめ、そして意識を失った。
共和歴45年 アースリア大陸
魔王エリーゼ・ヴァルケン・ルキウス 没
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西暦2000年(平成12年)6月6日 日本
【長女】 星川 智恵理 誕生
【父】星川 隼人 【母】星川(旧姓:竜胆)美久
「ンオギャー!ギャー!」
「ほーら、お母さん元気な女の子ですよ!」
魔王のクリエイターとしての物語はここから始まる。
クリエイターの後継者 如月雪兎 @tako0846
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