クリエイターの後継者

如月雪兎

STEP.0 魔王の決意

 勇者が死んだ。


 82歳。戦いではなく、老いによる死だった。

 こうして幸せに寿命を全うした事は争いが嫌いな彼にとっては本当に良かっただろう。



 我々は相対するものとして、幾度となく戦いを繰り広げた関係だったというのに気付けば良い友、そして良い相談相手になった。

 それもこれも勇者が戦争を終結させたからこそ得られたものだろう。


 当時、死に急ぐ魔族をいさめ、無駄な戦争を止めたかった私だったが、王座について間も無く戦う事しか知らぬ考え方が未熟だった私には、状況に流されるまま、兵を守る為に人間と戦う事しかできず、争いを回避するには至らなかった。


 そんな中、異世界から突如として現れたという勇者は本当に強く、そして争いのない世界を目指せるという謎めいた確信を持っていた。


 戦いの中で刃を交え、対話を繰り返し、勇者と相対するうちに私を含め魔族の中でも、人間との共存共栄が可能だと感じる者たちが現れた。


 勇者はそんな我々に実現までの道筋を示し、そしてその能力を発揮して、夢物語ではない事を予感させてくれたのだ。


 乗り越えるべき壁は多かったがその者たちの協力もあり、勇者が現れてから約3年後、初めて人間と魔族の和平交渉が成立した。


 その後の復興や発展のスピードは目覚ましいものがあった。

 街道建設、下水道の整備のような街を支える仕組みから、生活を便利にしてくれる確信的な商品などなど。

 あまりの発展振りに今までの生活はなんだったんだと思ったほどだ。


 どれもこれも勇者のアイデアで、彼は何でもない事のように言ってはいたが、世界に与えた衝撃は大きかった。

 魔族の研究者に至っては弟子入りしたいという始末で、勇者が現役を退いた今でも弟子入りした者たちで結成された研究所が世界をより良くする為に日夜活動をつづけている。


 そんな戦後の復興も乗り越え、私は勇者・・・いや、元勇者というべきか。

 1人の異世界人としての〈リンドウ ナオヤ〉と男と話をする機会が増えた。

 彼から身の上話を聞いた時の衝撃は今でも忘れられない。


 彼曰く、我々魔族と人間が住むこの世界は、彼の元いた世界では〈デメテル・プロフェシー・オンライン〉、通称〈デメプロ〉という名の〈ゲーム〉とかいう娯楽作品の中の世界だという。


「我々の生きる世界を娯楽として消費するとは何様だ、神気取りか!?」


と憤ったが、彼が言うには〈デメプロ〉とあまりに同じ世界だが、実際の〈ゲーム〉では、〈ヨサン〉の所為でここまで世界を緻密には描けなかったし、私のような存在を〈エヌピーシー〉と呼ぶのだそうだが、今の私ほど頭は良くなかったらしい。

・・・ちょっと機嫌は良くなった。


 彼のいた世界ではこうした世界を丸ごと作って遊ばせる〈ゲーム〉なるものがたくさん生み出されており、なんと彼もその世界を生み出す創造主の1人で、さらにはこの世界である〈デメプロ〉を産み出した人間だった。


 神気取りではなく、まさしく神であったと理解したと同時に彼がどうしてこうもこの世界や魔王軍の内情に詳しかったのか合点がいった。

作ったのだから知ってて当然というわけだ。


 そんな彼でも自らが作ったゲームにどうして来てしまったのかは分からず、なんなら〈カイシャ〉とかいうゲームを作る組織で新しい〈ゲーム〉の世界をまさに産み出そうとしてた最中だったという。


 ふと目が覚めたら着の身着のまま、この世界に降り立っていたようで、最初は村の憲兵にしょっ引かれて危うく死ぬところだったらしい。

 彼は『自身の〈スキル〉を改変する』という異能を得ており、それで事なきを得たそうだ。


「ゲームの中に来て、最初に取得しなきゃいけないスキルがまさか〈交渉術〉だとは思わなかったよハハハ・・・」


 なんて彼は笑っていたが、我々の世界で偶に現れる生まれつき特定の能力が高い存在が、皆〈スキル〉による恩恵だというのをこの時に初めて知った。

 当然、この話の後、魔族も人間も〈スキル〉を持つ人材の確保や、それぞれの〈スキル〉が何という名称なのか、その効果などの調査に奮闘することとなった。

 なぜこんな大事な事を黙っていたのかと、彼が彼のパーティーの仲間から叱られていたのを良く覚えている。私も正直、叱りたかった。


 ちなみに私が持つスキルで最たる物は〈統率者〉というスキルだそうだ。

 王たる資格として最適なスキルであり、人を鼓舞し、引きつけ、まとめ上げる事を助けてくれる能力らしい。


「ホントは君にはもっとヤバいスキルをたくさん持たせたかったんだけどね。強すぎてデバッグ中に消すハメになっちゃったんだ。ごめんね。」


 私がもっと強くなれていたはずなのにその機会を奪い去ったのは〈デバッグ〉とかいう存在らしい。

 この〈デバッグ〉についてはリンドウも空を見上げて、なんとも言えない顔をしていた。

 厄介なのに非常に大事な存在らしい。


 そんな感じで〈スキル〉以外にもリンドウは様々なこの世界の事、どういう思いで作ったのか、〈ゲーム〉を作るってのは楽しい事なのだと多くを教えてくれた。


 同時にリンドウの世界について、彼のいた〈カイシャ〉の事やどんな生活を送っていたのかなど、半分も理解できなかったが、茶を飲みながら楽しそうに故郷について話す彼の笑顔はとても輝いて見えた。


 そんな彼が病で倒れたと聞いたのはつい先月の事。


 気付けば戦時からは40年以上が経ち、

「お前も老いたな」

 なんて話をしたばかりだったし、

 彼は初めての孫が生まれた矢先の事だった。


 慌てて機竜に乗り、彼の家まで向かうとそこにはベットに力なく横たわる彼と、その周りを取り囲む様に家族や、同じく時の流れを経た勇者の仲間たちが見守っていた。


「おお、魔王ルキウスよ、そなたも参られたか」


 彼の仲間であった賢者が私に気付き、彼の枕元へ案内してくれた。


「今は少し寝ておられる。倒れたのは呪いや毒によるものではない。」

「では、何故?」


 自分でも薄々は勘づいていた。だが、そう問わずにはいられなかった。


「時の砂を使い切りそうなのじゃ・・・ワシらにはどうする事も出来ん」


 私は天を仰いだ。

 回復を生業とし、数多の人を救い、そして見送ってきた賢者の言葉は間違いない。


 そう勇者は間違いなく死ぬのだ。


「賢者どのの見立てではいかほどか?」


 動揺する様を見せたくなかったので、天を仰いだまま問うた。


「もって数週間じゃろう」

「そうか・・・」


 沈黙が場を支配した。

 ここに訪れた者たちは皆、今の話を聞いたのだろう。泣きはしない、されども悲しみに包まれた面持ちだった。


 その日は眠る彼を見た後、大人しく帰り、私は彼との思い出を思い返しながら、酒を呑んだ。

 彼が起きたらどんな言葉を掛けようか、彼を救う奇跡はないのか。

 色々な考えが頭を渦巻き、まとまらないまま床についた。


 翌日、彼の家を訪れると、彼の伴侶となったパーティーの魔法使いと、彼を診察する賢者の2人が共にいた。

 彼は上半身を起こし、差し出される果物を食べていた。


「やぁ、ルキウス。昨日も来てくれたんだってな。寝てしまっていて悪かった」


 彼はバツが悪そうな顔でそう言った。


「いや気にせずとも良い。もう聞いたのか?自分の事は」

「ああ、倒れてすぐに言われたさ。寿命だってな」


 彼は笑いながらいう。こいつはいつもそうだ。

 何でもないかの様に言い、笑う。

 辛い時ほど、厳しい状況ほど、そして難しい事を成し遂げた時でさえだ。


「お前、死ぬんだぞ!怖くはないのか?」


 思わず怒りに任せて聞いてしまった。


「全然、怖くないね」

 即答だった。


「どっ、」

「どうしてかって聞きたいんだろう?

 僕からしたらね、この世界に来てからいつ死んでもおかしくなかった。僕のいた世界では身近ではなかった理不尽な死がすぐ側にあるんだ。そっちの方が何倍も怖かったさ。

 だけど僕は・・・いや僕らは成し遂げたじゃないか平和を。理不尽な争いが生まれにくい世界を」


 彼は澱みなく続ける。


「だからこうして家族や皆んなが来てくれて、見守ってくれる中で逝けるのは、怖くはないし、むしろ幸せだったと思うよ」


「それでも、お前はまだやりたい事だって沢山あったんじゃないのか?やり残した事だってあるだろ!」


 抗えぬ死に対して1番焦って居たのは私だったのかもしれない。全てを悟った彼に意味がないと分かりながらも言葉を投げかけるしかできない自分が情けなかった。


「うーん、無いと言えば嘘になる。たった1つだけあるかなぁ。」


 無いという返事が返ってくると思っていたのに、意外にも1つは未練があったらしい。


 それならば、せめてその未練ぐらいは私が何とかしてやろうではないか。


「わかった!ではこの私、魔王ルキウスが我が命にかけて、その願いを成し遂げてやる」


 姿勢を正し、真っ直ぐに彼の目を見つめ、胸に拳を当てて宣言した。

 儀礼式典などでしか見せない、正式な宣誓の所作だ。


 その上で続けて、肝心の中身を問うた。


「お前がやり残した事とは一体なんだ?」


 彼は目を丸くし、驚いた後、しばらく考えてから、くしゃりと微笑んだ。


「僕の代わりに君が〈ゲーム〉を作ってくれ」


 彼は震える手でベット側の引き出しからボロボロになった紙束を私に差し出してきた。


「これが僕の『やり残した仕事』だ。君がその後をついでくれるなら、もう思い残す事はないさ」


「わかった。その仕事『引き継いだ』」


 私はその紙束をしっかりと抱きかかえ、それを見た彼は笑顔で頷き、そしてしばらく思い出話に浸った後、眠りについた。


 それが彼とまともに話せた最後の時間だった。




 回想から意識を戻す。

 眼前にあるのは亡き彼の棺であり、多くの花が棺の中に収められていた。

 私も1つの花を持ち、棺にいれる。

 彼の家族や仲間に一礼し、外套を翻し、早々に立ち去る。


 死を悼む時間は多くは要らない。

 私には彼から『引き継いだ』やるべき事があるのだから。

 それが異世界の〈ゲーム〉を作るという勝手が分からぬ行為だとしても。

 生涯で唯一〈愛した〉男の願いなのだ。

 必ず叶えてみせようじゃないか。

 さぞ不器用な恋の成れ果てには相応しいだろう。


 そうして私、魔王エリーゼ・ヴァルケン・ルキウスは〈ゲームクリエイター〉になる事にした。

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