第19話 映画とポップコーン
今日はロリ隊長への説明と顔合わせだけだったので、隊長と別れたあと、俺と木乃花ちゃんは時間を持て余していた。
「木乃花ちゃん、たまには外へお出かけでもしない?」
「お出かけですか? でしたら、どこへ行くか考えて·····」
「今回は俺に全部任せてくれないかな? 今さっき考えてみたばかりのプランがあるんだ」
家でゴロゴロしてばかりの生活じゃいけないと思い直した俺は、木乃花ちゃんと外を歩き回るための計画を即席で立ててみた。
「分かりました! 楽しみにしてますね」
「別に、そんなに期待されるほどのことでもないけど·····」
お金持ちの少女を満足できるようなお出かけなんて、一般庶民の俺には考えもつかないのだが、それを逆に考えてみた。
木乃花ちゃんは一般庶民らしい買い物をしたことがないのではないかと。だから、あえて普通の様な感じでプランを立ててみた。
ハードルが高いなら、別方向から攻めればいい。
とはいえ、あまりにもありきたりすぎて、こんなので満足してくれるかも分からない。
「いえ! 結城さんが一生懸命考えてくれたものなら、何だって嬉しいです!」
·····なんと言うか、まるでデートみたいだ。
◇ ◆ ◇
そうして、俺たちは大きなショッピングモールに来ていた。
「このショッピングモールは来たことある?」
「初めてです!」
「へぇ〜、そうなんだ」
木乃花ちゃん家からそこまで離れているわけでもないのに、このショッピングモールに来たことがない?
どこかでお金持ちの人は特注で作らせるみたいな話を聞いたことがあるが、もしかして木乃花ちゃんも·····。
「学校にも行きながら、お仕事もあると、なかなか忙しくて、お買い物なんてしてる暇がなく·····。ほとんどメイドさんに任せっきりですね」
「メイド·····!?」
この二日間、メイドは見ていない。まさかそんなものを雇っていただなんて。
大体、日本ってメイドを雇えたのか? アニメなんかではよく聞くけど、実際に雇うみたいな話を聞いたことすらない。てっきり物語上だけでの話かと思っていた。
ああ、あれか·····富豪の人たち専用の何かがあるのか。
「あっ、結城さんは知らなかったですね。メイドさんは平日に来てもらっているんです」
俺が木乃花ちゃんの家で過ごしていたのは、まだ土曜日と日曜日だけ。つまり、明日から、メイドさんとご対面することになるわけだ。
「それで、そのメイドさんに色々やってもらってるってことなんだね」
「はい! 基本的に部屋の掃除は全て任せています。まだ洗濯も自分でできないですし、片付けも苦手で·····」
「全然そんな風には見えないけどなあ。木乃花ちゃんは何でもできそうなタイプだと思ってた」
部屋はきれいに片付いていたし、少なくともこの二日間で家事ができないという印象は受けなかった。
「そんなことないですよ。誰にだって苦手なことはあります」
「ふーん、そういうもんなのか。さて、着いたぞ」
「ここは·····映画館?」
デートプランについて調べていたところ、最初に映画を見るのがいいということが書いてあった。会話がなくならないように、共通の話題を作っておくのがいいらしい。
「そうそう。何か見たいものがあったら遠慮なく言ってくれ」
木乃花ちゃんは、上映中の映画の項目を難しい顔をしてジーッと見つめている。
一応、木乃花ちゃんが選ばなかった時ように、一緒に見れそうな映画は見つけてある。最近公開されたばかりの、人形みたいなクマが主人公の·····。
「うーん。あっ、私これが見たいです! クマさんが主人公らしいです! あ、でも、ちょっと子どもっぽすぎるかな·····?」
「全然そんなことないよ。実は、俺も見たいなって思ってたから。さて、チケット買いに行こっか?」
「分かりました!」
しかし俺たちは券売機の前に立って、絶望することとなった。なぜなら·····
「ぜ、全部、売り切れ·····」
そりゃ、日曜日の昼過ぎだ。空いていなくてもおかしくはなかった。なぜ、そんなことも考えなかった·····。
準備してきたデートプランは早々に崩された。
もしかして俺って、計画立てるのに向いていないのでは?
「あっ、でも、プレミアムシートなら空いてますよ!」
絶望する俺の横で、木乃花ちゃんが言う。
「でも、高いよね? 流石に払えない·····」
「私に任せてください! 第一、見たいと言ったのは私なんですから、これくらい払いますっ!」
そう言って木乃花ちゃんが取り出したのは、真っ黒なカードだった。
「ま、まさかそれは·····!」
「ふふん。ブラックカードです」
小声で自慢げに見せてくる。本物を見たのなんて初めてくらいだ。
そんなこんなで、チケットを買うことができ、ラ、ラグジュアリー?空間がどうのこうのみたいなところへ来た。
座席が普通の映画館よりも1.5倍くらい広いらしく、椅子もフッカフカである。荷物置き場まで完備されており、完全にくつろげる場所だ。
逆に、俺がこんなところにいていいのか、という不安と緊張感で押し潰されそうなのだが·····。
「もぐもぐ·····。このポップコーン美味しいですね」
「それは、よかった·····」
買ってきたポップコーンを、木乃花ちゃんちゃんが映画が始まる前に食べている。こんな高そうな座席を汚すかもしれないという、余計な心配で俺は全くポップコーンに手を付けられない。
「結城さんも食べてみてください! はい、あーん?」
木乃花ちゃんは、親指と人差し指で挟んだポップコーンを、俺の口元へ持ってくる。
「ちょっ、自分で食べれるから·····」
あまり大きな声を出さないように言うも、木乃花ちゃんは手をどかさない。
「だって、全然食べてくれそうにないんですもん·····。結城さんのことだから、どうせ、こんな高級そうな場所を汚したら·····とか、手がベタベタしそう·····とか、そんなことを考えてるんですよね?」
「うっ·····」
なんという勘の良さだ。
「だから私が食べさせてあげます。あーん?」
「あ、あーん·····」
ここまで詰められたら拒否するわけにもいかず、ポップコーンを口に入れてもらう。
しかし、それはポップコーンだ。小さいがために、口に入れるには問題があった。
「·····!?」
俺の口の中に木乃花ちゃんの指が少しだけ入ってくる。俺はそれをすぐに察して、口を閉じることができなくなった。
しかし、口に対して手は大きい。木乃花ちゃんの手は、俺の唇にしっかりと触れてしまっているのが分かる。
「食べないんですか?」
木乃花ちゃんの好意を拒否出来るわけもなく、大人しく従う以外の選択肢は残されていなかった。
俺は覚悟を決めて、口をゆっくりと閉じる。これは仕方のないことだ。そういう運命だっただけだ。
突然、電気が消えて辺りが暗くなった。俺はそれにびっくりして、完全に口を閉じる。
そう、もちろん口の中に、木乃花ちゃんの指が·····。
「ごっ、ごめん·····!」
咄嗟に口を開けて離れる。口の中にはポップコーンが一つ入っている。サクッといういい質感を感じさせる音がしたあと、キャラメルの甘い味が口の中で広がった。
「大丈夫です。そんなに気にしないでください。それよりほら、始まりますよっ」
スクリーンの方を向いた木乃花ちゃんの目に反射しているスクリーンの光が輝いていて、どこか神秘的に感じた。
──暗闇の中でロリが光り輝いている。
俺の前に女神が降臨したらしい。眼福眼福。
ただ、せっかくのプレミアムシートを無駄にはしたくないので、俺もスクリーンの方に顔を向ける。
映画を観ている最中、木乃花ちゃんはポップコーンを一つ手に取って口に入れた。自分の指を口に含みながら。
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