ロクイチ聖女 ー6分の1の確率で聖女になりましたー

@nouhimeko

第1話 クラスメイトと流されて

 これは、異世界から来た聖女と、一人の王子の恋の物語であるーー。



「おい!葛城かつらぎ!」

 自分を呼ぶ大きな声が聞こえ、美花みはなは目をうっすらと開けた。水の中に長くいたからか、身体がひどく重たい。

「・・・・・・」

 ここはどこか聞きたいのに言葉が出なかった。

 琉生斗るうとは美花を完全に水から引っ張り出した。美花が彼を見ると、琉生斗はすでに次の行動に移っていた。

 美花、町子まちこ花蓮かれん兵馬ひょうま。倒れている友達を庇うように、前に出る。

「なんだよ、あんたら」

 だるさを振り払いながら身を起こした東堂とうどうが、絞り出すような声を出す。

 


 ただ、同じクラスにいた。それだけだったのだが。

 いま、彼らはどういう状況にいるのか。

 話は少し遡るーー。





「バイトの面接だから帰るね。先輩によろしく~」

「はぁ~い」

 高校三年の一学期。何気ないクラスメイト達の会話。さきほどまでガヤガヤしていたクラスも、残りの人数は少ない。

 美花はぼんやりと、クラスを眺めていた。  

 まだ、新学期も始まったばかり、お互いの腹をさぐり合うような空気感が漂う。

 

 いろんな人がいて、いろいろ抱えながら生きているのよねーー。

 

 窓際で話をしている男子生徒。美花の双子の弟だ。あきらかに落ち込んでいる。その姿に友達が声をかけている。


 ーー心配して欲しい、って顔しないでよ。

 双子の弟の兵馬は双子のせいなのか、身長は低い(美花もだが)。ただ、兵馬は視力が悪く眼鏡だが、美花はAから落ちた事がない。


「美花ちゃん。帰る~?」

 小学校からの友達である町子がふにゃふにゃ歩きながら近づいてきた。頭が良く、顔もかわいいのだが、動きがおかしいと言われている。

「今日はずっと元気ないね」

 その後ろに、クラスで1番の美人、花蓮が立っていた。鞄を持って立っているだけで美しいのは彼女ぐらいのものだろう。

「今日ね、お父さん帰って来るのよ」

 溜め息混じりに言うと、町子は小声で、

「やっぱり離婚するの~?」

と、美花と兵馬の目下の悩みをずばりと言い当てる。

「あたしも心配して欲しそうにしてる?」

「そうね。兵馬くんほどじゃないけど~」

 さすがに、弟はやりすぎである。かまってオーラが出すぎている。

「兵馬くん、かわいいわよね」

 花蓮が笑う。ふわふわした髪が、とても良く似合っている。

「東堂!いるか!」

 教室のドアが開き、男子生徒が入ってくる。

「おう!いるぞ!」

 兵馬の隣にいた背の高い、体格のよい生徒が手をあげる。

「谷先生がさがしてたぞ。おまえ先生と約束してたのか?」

「あ、あぁ...」

 東堂はるかは言いにくそうに言葉を濁した。彼は遙とは呼ばれたくないらしく、自己紹介のときに東堂と呼んで欲しいと述べた。

「谷先生って進路相談だろ?何かあったのか?」

 心配そうに話しかけたのは、女顔で有名な加賀琉生斗である。容姿の良さと明るい性格で、世の心配事とは無縁そうな、キラキラした空気をまとっている。いわゆる一軍というやつだ。

 東堂と会話をしていても、横から「ルート、カラオケ行かねえか?」「ゲーセンは?」など、他のクラスメイトから、ちょっかいを出される。

 彼らを追い払い、琉生斗は東堂を見る。

 東堂は触れられたくないのか、短髪を掻きむしりながら「なんでもねえよ」と呟いた。その様子に、琉生斗は心配そうに眉根を寄せた。


 

 何気ない会話、何気ない空間、毎日続いていく日常。

「嫌だけど帰るかー」

 美花は弟に話しかける。

「兵馬。グチグチ言ってないで帰るわよ!」

「誰がグチグチ言ってんだよ!」

 兵馬が琉生斗に声をかけ、美花の側に寄る。


 


 そのときだった。

「何の音?」

 花蓮が不思議そうに言った。

「なんか揺れてないか?」

 次いで、琉生斗が声をあげた。教室が揺れ、ガタガタと机や椅子が動き出す。

「地震か!しゃがめ!」

 叫んだのは東堂か、机の下に伏せるがかなり揺れはひどい。

「きゃあー!」

 町子と花蓮が悲鳴をあげた。

 

 ぐしゃり。


 そこにいた全員が奇妙な音を聞いた。直後に、目を剥く事態に陥る。


「水!なんでっ!」

 どういう事なのか、水が現れた。どこかが裂けて、まるでプールの水を移したかのように大量の水が流れ込んできた。水は勢いよく美花達を流していく。誰も逃げられず水に呑まれていく。押し流され、あがらう事もできない。どうにもならない状況に、虚ろになっていく意識の中で、美花の脳裏には母親の姿が浮かんだ。


 あんた達なんか生むんじゃなかったーー。

 

 今朝言われた母の言葉。弟は声を上げずに泣いていた。それを見たら美花は泣けなくなった。

 あたし達はいらない子供なのかーー、といま思い出してしまい、水の中なのに泣けてくる。

 町子や花蓮。兵馬、東堂の姿が見える。皆動きはない。

 つかまるものもなく、これはだめだと思った美花の思考は、そこで途切れたーー。


 

 


 そして、いま現在。

 眼の前には、不思議な格好の人達が並んでいる。

 演劇、と言うには違和感がない衣装である。馴染んでいるというのか、よくテレビで見るような服が浮いた感じがない。

 中世ヨーロッパのような鎧をつけている者達もいるが、白い大きな布を被った老人もいる。

「聖女様!」

 鎧の男達を押し退け、まるで少女が読むプリンセスの絵本から飛び出してきたような王子様が、声をかけてきた。

 プラチナブロンドという髪色であろうか、瞳も大きく鼻筋も整っている、華やかな顔立ち、うっとりするような美青年だ。白いジャケットには金細工や金銀の刺繍。内側が真紅のマント、腰に帯びた剣。それが、冗談ではなく似合っていた。

「僕達、いつの間に演劇を観に来たの?」

 兵馬が軽口を叩いた。手の込んだドッキリだな、死にかけたよ、とぶつぶつ呟く。

「ようこそ我が国へ。私はクリステイル、この神聖ロードリンゲン国の王子です」

 何言ってんだよおまえ、というこちら側の空気は伝わらないらしく、王子は続けた。

「我が国の危機に、異世界より聖女様を召喚致しました。呼び掛けに応じていただき、ありがとうございます」

 深々とお辞儀をする姿も美しい。身分が高いのは仕草だけでもわかる。一朝一夕に身に付くものではない所作だ。

「召喚って、誰かサインでもしたの?」

 兵馬が尋ねる。東堂も琉生斗も「いや、知らね」と首を振る。

「内容証明書なら自宅にいってるかもね」

「家~?二週間ぐらい帰ってねぇな」

 左側だけ長めの前髪を触りながら、琉生斗は言う。

「なんだよ、ネカフェ生活か?」

 男子がわちゃわちゃ話をはじめる。本気にはしていない様子だが、王子は無視して話を続ける。

「さっそくではありますが、すぐに救っていただきたい方がいます。お願いできますか?」

 王子は近づこうとするが、その前に鎧の男が立つ。「よい、下がれ」、「しかし!」というやりとりが小声で行われた。

 琉生斗は素早く回りを見渡した。

 教室ではない。知っている場所でもない。ちょっといいホテルのプールサイド、のような気もしないでもないが、バロック朝の洋装という言葉がしっくりくる建物だった。

 

 自分達がでてきた水槽は、水が下まで澄んでいて、排水溝もない様子だった。その壁には大きな翼がある恐竜の彫刻。胸には卵を抱いている。

 アニメに出てくる竜という生き物だろうか。ワニのような口は開かれ、鋭い牙が覗いている。

 

ーーまさか、あの口からでてきたんじゃないだろうな。

 

 琉生斗は皆より早く意識を取り戻したが、出てきたときは眠っていた為、気づいていないが正解である。

 彼らは竜の彫刻の口から出てきた。

 六人も出てきた為、王子達も困惑により、助ける事もせずに眺めてしまっていた訳だが。

 

「なんか、中世のヨーロッパみたい~」

 長い黒髪の水を絞りながら町子が言う。

「誰か、この状況わかる人~」

 その問いに全員が黙る。

「じゃあ、冗談じゃないんだ。わたし達、別の世界に来ちゃったんだ。それじゃあ聞きますけど、聖女って誰の事ですか~?」

 町子の冷静さに美花は目を丸くした。

「それは、この聖女の証にふれていただければ判明致します」

 王子が指示すると、鎧の男達が四人ががりで石の台車を運んで来た。その台には、シンプルな竜の首飾りがのせられている。

 大げさだな、と誰もが思った。

「はぁー。じゃあ、早いとこおまえらさわっちまえよ」

 東堂が疲れたのかその場に腰を下ろす。兵馬と琉生斗もそれにならった。

 頭の回転の早い彼らの事だ。聖女と聞いて自分達ではないと安心したのだろう。

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