第12話 不正は許しません!

 エディとシャーロットがダンジョンの入り口前に着いたとき、クラスメイトはまだ半分ほどしか集まっていなかった。


 黙って同級生の群れの端に並べば二人がカフェに行っていたなんて誰も気づかない。


 ほどなくしてクラスメイト全員が揃う。


 一番最後に姿を見せたのは、例によってダグラスだった。純白だった制服はすすけて髪も乱れている。闇の中を駆けずり回ったのだろう。


 アリシアが「に、し、ろ、は……」と生徒を数えていく。


「遭難者なし! 素晴らしいですね! ゴブリンはずいぶん少なかったですけど、まあその分お喋りできたのでオーケー! さあみなさん成果を提出してください」


 やる気のある生徒はほとんどいなかったようだ。順番にアリシアに心臓水晶を渡していくが、ゼロが半数以上で、多くても一個や二個であった。


 シャーロットが声をあげる。


「私はゼロよ」


 アリシアは悲しそうな目つきになった。


「そう、残念だけど、まあいいです。さあ、あとはダグラスくんとリリムスくんですよ」


 ダグラスは明らかに殺意のこもっている視線をエディにぶつけた。しかしエディはひょうひょうとしている。


「そっちから先にどうぞ、吸血鬼サン」


「闇の中で吸血鬼が敗れるはずがないのだ。無謀な戦いに挑んだことを後悔するがいい」


 その顔は自信に満ちていた。派手派手しくてウザい顔だぜ、とエディは思った。


「――シャーロット嬢、あなたの唇は頂く。純血のくせに落ちこぼれなんて……最高だ。私は弱い女が好みなんだ、殴れば黙るからな」


 唐突な性癖の吐露にアリシアは顔をしかめたが、シャーロットは無表情のままだ。


 ダグラスは懐からゴブリンの心臓水晶を取り出す。それを見てアリシアは一気に顔を明るくさせた。


「わあ! 真面目に取り組んでくれたんですね! なんと――十八個! みなさん拍手!」


 しかし手を叩くのはアリシアだけだった。クラスメイトは興味なさそうに突っ立っている。


 エディはポケットに手を突っ込み、正確に数え取って提出する。


「ほら、――十九個だ。ぎりぎり勝ちだな。ふう、あぶねー」


 わざとらしく額など拭ってみる。ポケットの中にはまだまだ倍以上の心臓結晶が残っていた。


 アリシアはいっそう眩しい笑顔になった。


「すごいですリリムスくん! あなたは真面目にやってくれると思ってましたよ! ――さあみなさん拍手!」


 今度は拍手が起こった。エディを味方しているわけではなく、鼻につくダグラスの敗北を祝っているのだ。


「バカな…… そんなハズはないッ!」


 ダグラスは上ずった声で叫ぶ。


「こいつは不正をしている!」


「ざまあないわ。見てなさい――」


 シャーロットがエディの腕に抱きつく。そして背伸びをして、頬にそっとキスをした。


 クラスメイトがひゅーひゅーと野次る。


 シャーロットは赤い顔で「黙りなさい」と野次を睨みつけた。そして小さく舌を出して「べー、だ」とダグラスにあっかんべーをしてみせる。


 ダグラスは怒りで体を震わせた。ピンク色の瞳が輝きを増していく。


「あら、お怒りかしら? 吸血鬼のくせに鬼人に負けるなんて種族の恥よ。――ああでもしょうがないわね、混血だもの。ええと、十六分の一でしたっけ。三十二分の一? それってもう吸血鬼じゃなくない? ただの雑種よ」


「ハーフッ! だッ! 妖精族と吸血鬼のなッ!」


 エディがのほほんとした口調で言う。


「ハーフに勝ったから俺も名誉吸血鬼にしてくれよ。それくらいいいだろ?」


「ありえないッ! 私が――私が――私が負けるわけが――」


「まあまあ、お前は確かに結構強そうだが、上には上がいるってことさ」


「不正だ! この男は不正をしている!」


 いよいよダグラスは肩をいからせてエディに歩み寄ってくる。


 空気が一瞬で張りつめたものに変わった。爪は鋭く伸びていき、赤いオーラが生じていく。


 アリシアがその前に両手を広げて立ち塞がった。


「ダグラスくんっ! 証拠もないのに責めてはいけません! 二人とも頑張ったんです! ――そんなに優勝賞品が欲しいんですか? ならまた用意してあげますから」


「ふざける、なッァ!!」


 ダグラスは腕を振り上げた。エディが飛び出ようと構えたそのとき。


 チャリンチャリンと間の抜けた音が響く。熊よけの鈴みたいな音だ。それからゴンゴンと叩くような音。


 それはダンジョンの入り口から聞こえてきていた。


 音の主が姿を現す。


 オークだ。ダンジョン管理人を務める職員である。オークは首にぶら下げた鈴をチャリチャリ鳴らし、棍棒を地面に叩きつけながら騒がしく登場した。


 そしてしわがれ声で喚く。


「クソガキめ! 不正だ不正だ! ワシの管理するダンジョンで不正なんて――絶対に許せん! 殺してしまえ! クソガキは死んだ方が世のためじゃ!」


 アイリスは目を丸くする。


「え、えぇ? 本当ですか? いったい誰が何を?」


 オークは満身創痍だった。刃物による大きな傷が腕を血まみれにしている。


「試験開始前にダンジョンに押し入り、ワシの頭を殴り飛ばし気絶させ、さらには二階層まで侵入したようだ――ワシの罠が解除されていた――こんなもん死刑じゃ!」


「ええええ!? オークさんを殴った!? それはまずいですね……」


 アリシアがエディを見る。シャーロットも不安そうに眉をハの字にした。クラスメイトの注目もエディの顔に集中する。


 エディは言った。


「いったいだれがそんなひどいことを?」


 オークはエディを射殺さんばかりに睨みつけ、真っ直ぐと指差したのは――


「憎たらしい顔、忘れるわけもない! クソガキめ! そこの金髪吸血鬼じゃ!」


 ――ダグラスだ。


「は?」


 本人含めてみなが呆気に取られ、ダグラスの間抜け顔を見つめる。


 ただシャーロットだけがエディが浮かべるたちの悪い笑みを見逃さなかった。

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