都合のいい女の子を探しています
子一糸
起
「書き死ぬさんですか?」
待ち合わせ場所に来たのは歳若い、明らかに成人前の女の子だった。綺麗というよりは可愛らしい顔、ただかなりやつれていて慣れていない化粧をしている。髪は肩ほどの長さで、前髪をヘアピンで上げていた。
何より目を引いたのが彼女の姿が制服だったこと。どこの学校かまでは分からないが今日は日曜日、そんな恰好で来られると周りからの視線が痛かった。
「僕が書き死ぬです。小雪さんですか?」
内心で苦笑いを浮かべながら、笑顔で聞き返す。彼女はコクリと頷いた。僕は「行きましょう」と声をかけて先導するように足早で歩いた。とにかく人目を避けたかった。彼女は黙って着いて来ているようだった。
「都合のいい女の子を探しています」そういうタイトルで小さな配信アプリを始めたのは最近の出来事だった。配信アプリと言ってもそう大層なものじゃない。ただ話したい人が配信を開いて、聞きたい人がそこに入る。言葉と文章で現実の愚痴を言ったり、孤独を紛らわす場所だ。
僕も最初はそのつもりでアプリを始めたのだが、やっている内に次第に人が恋しくなった。マッチングアプリをやればいいと思われるかも知れないが、ただ人の恋しさを癒したいのであって、恋人が欲しいわけではない。余分な人間関係は作りたくなかった。
だから僕は条件を作ってアプリで募集をした。条件は大まかに三つ。ただお互い話すだけ、話題に対して肯定も否定もしない。過干渉はしない、お互いに質問などは避ける。性的なことはやらない、接触は最大でもハグまで。
この条件で適当な人が見つかるまで、僕は毎日配信を続けた。配信に来てくれる人は基本少数で、日によっては誰も来ない日もあった。来たとしてもタイトルの文言に釣られて、物見遊山で僕の人柄を確認しようとするのがほとんどだ。
そんな中で僕に会ってもいいと個別でメッセージを送って来たのが小雪さんだった。僕の配信を付ける時間はまちまちなのだが、小雪さんは一度配信に来てから、必ずと言っていいほど僕の配信に顔を出した。
てっきり僕は彼女のことを僕と同じ時間の余った人間なのだと思っていた。
「番号のお部屋になります」
カラオケの店員から札を受け取って、番号の部屋に移動する。小雪さんは戸惑い気味に部屋の椅子に腰を下ろした。
「カラオケでいいんですか? ここではそういうこと出来ないんじゃ……」
「……条件で言ったと思うけど、そういうことをする訳じゃないからね。それにホテルは高いから」
ちゃんと伝えたはずだったが、小雪さんはやっぱり覚悟をして来ているようだった。会った時からなんとなくそんな雰囲気を感じた。……まあ、ネットで知らない男と簡単に会うような子だ。そういう経験もあるのだろう。何故彼女が僕と会う気になったのか、彼女がどういう人間なのかまでは僕は知らない。そういうのは抜きでただ人の温もりと、孤独を紛らわせる。これはそういう場だ。性的交渉は必要ない。
別に嫌いな訳ではないけれど、それによって生まれかねない人間関係が僕は嫌いだった。
「……えっと、それじゃあ。どうぞ」
小雪さんは僕が荷物を置いて、上着を脱いだのを確認すると、真っ直ぐに僕の方を向いて目を閉じてから両手を伸ばした。……なんというか大胆な子だと思った。段階を踏む気はないのだろうか。
僕は小雪さんに抱き着くか少し悩んで、彼女の身体が震えているのに気付いた。僕は彼女に気付かれな程度に息を吐いてから、彼女の伸ばした両手を僕の両手で掴んだ。それをちょうど僕ら二人の座る中間に下ろす。
「あの……」
「緊張してるみたいだから、まずはゆっくりね。とりあえず、自己紹介とかからしよっか」
「えっと……はい。私、金子 雪って言います。十六歳です」
「あっ」
僕は彼女の言葉に思わず声が漏れた。小雪さんは不思議そうに僕を見てくる。
「私、何かしましたか?」
「……いや実名を言わせるつもりはなかったから」
「あっ」
彼女は顔を赤らめた。小雪さんは少し抜けているようだった。もしくはまだ緊張をしているのか。手に取る彼女の手が熱を持っているのが分かった。僕はさっきよりも大きめのため息を吐いた。
「とりあえず、今日は僕の話だけ聞いてくれるかな? 一先ず肩の力を抜いて行こう」
「……はい」
「よし。それじゃあ……」
僕はネット上のハンドルネームを名乗るか、本名を乗るか少し悩んだ。悩んでから、ここは彼女に合わせて本名を名乗ることにした。
僕の名前は安田 智之。二十三歳。大学を中退してから、親の援助で東京で小説家を目指している。たまにバイトはするけれど、ほとんどニートに近いフリーターだ。
これといった趣味はなく、ゲームや漫画、アニメや読書、流行りものをその時に合わせてやる程度、強いていうなら小説を書くことが趣味と言えるだろう。
仕事に就くわけでもないのに、今の時代に作家を目指して東京に居る理由は、とにかく地元に居たくなかったから。
別に……地元に嫌な思い出があるとか、家族仲が悪いとか、そういう訳ではないけれど、僕は致命的に人間関係が苦手だった。
コミュ障という訳ではない。むしろ人並以上に話せる方だが、ただ人と関わる、人と会話する、そう言った感情のやり取りが、どうしようもなく僕を疲弊させる。
小説家を目指しているのもそれが理由、関りは最低限で自分の世界の中に籠れる。今の僕の理想の仕事だった。
「ありがとうございました」
カラオケ店員の声を背に受けて僕達は店を出た。あれからおよそ一時間。僕は自分の事と最近の出来事をただ淡々と彼女に話し続けた。
「……あの、お金ほんとに良かったんですか」
「いいよ、気にしなくて。小雪さんは学生だし、僕も少しは稼いでいるから」
嘘だ。もうほとんどバイトなんてしていない。今日使っているのも親の金だ。これがバレたらきっとただの小言ではすまないだろう。
「……すみません。私、ほとんど何も出来なくて」
「ほんとうにそんなに気にしなくて大丈夫だよ。僕は人と触れ合って、ただ中身のない話が出来れば満足だから」
僕は笑顔で彼女にそう返す。ほんとうに今日の僕の目的は達成出来ていた。僕の欲求は少しばかりではあるが解消できた。
「……あの! 書き死ぬさん! 私頑張ります!」
彼女はそう言うと僕の方を向いて、両手を伸ばした。今度の彼女の目は開かれていた。それでもまだ、彼女は震えているようだったけど、僕は彼女の期待に応えることにした。
「……ほどほどにね」
僕はそう言って彼女に優しく抱き着いた。彼女の薄い身体からはほんのり甘い香りがした。
そうして僕と小雪さんの初日は終わった。
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