五:再びの危機
夜が更け、ネオ・トヨスの廃ビルから離れたデルタとパイは、静かに歩き続けていた。二人は言葉を交わさず、ただ周囲のわずかな音に耳を澄ませている。暗闇の中で、彼女たちの足音は消え入りそうなほど小さく響いていた。
突如、遠くで爆発音が轟き、暗い空に火柱が上がるのが見えた。パイは立ち止まり、険しい表情でその方向を見つめる。「どうやら、反AI組織の連中がまだ動いとるみたいやな……」
デルタも足を止め、じっとその光景を見つめた。「あの爆発……また誰かが危険な目に遭っているのですか?」
パイは短く頷いた。「ああ、そうかもしれん。あいつらはAIを徹底的に排除するためなら何だってする。普通の市民も、うっかり巻き込まれてしまうことがあるんや。こんな深夜やから、助けが来る可能性も低いやろうしな」
パイの言葉に、デルタの心には一層の不安が募った。しかし、彼女もまた狙われる立場である以上、動かなければいけない。自分の存在がどれだけ脅かされていようと、止まってしまえばそれで終わりなのだ。
「さあ、行くで。どうすることもできんこともあるわけやし、まずは自分たちの命を守らな」パイが手を引き、デルタを促す。
その時、遠くから聞こえてきたのは、反AI組織のパトロール部隊のサイレン音だった。二人は一瞬顔を見合わせ、そしてそのまま駆け出した。
「急ぐんや! あいつらに見つかったら、今度こそ逃げ場はないで!」
パイの声が鋭く響き、デルタもその声に従って全力で走り出した。夜の闇に包まれた街並みを駆け抜けながら、二人の影が細く長く引き延ばされ、まるでどこまでも続く運命の道を示しているかのようだった。
ビルの隙間を縫うように進む二人。しかし、サイレン音は容赦なく近づいてきている。瓦礫だらけの廃墟の中、彼女たちの足元には鋭く光を反射する金属片が不気味に転がっていた。
「パイさん、どこに向かえばいいのですか?」デルタが息を切らしながら問いかけると、パイは一瞬考え込むような表情を浮かべた後、意を決したように言った。
「地下鉄の廃路線や! そこなら、少しは隠れられるかもしれへん!」
二人はさらに速度を上げ、薄暗い地下鉄の入口へと向かった。荒廃し、放棄されたままの階段を駆け下りると、そこには冷たく湿った空気が立ちこめ、使われていない線路が静かに横たわっていた。
「ここなら、少しは安心できるやろう」パイが息を整えながら言うと、デルタもその場に腰を下ろし、冷たい壁に背を預けた。
「ありがとうございます……パイさん。わたくし、本当にあなたに感謝していますわ」
パイは笑いながら、彼女の隣に腰を下ろした。「ええってことや。うちら、仲間やろ?」
その言葉に、デルタは深い安堵を感じ、静かに頷いた。パイが隣にいてくれることが、これほど安心感を与えるとは思わなかった。
「それにしても、反AIの奴らは、どんどん過激になってきとるな。今やアンドロイドだけやなく、市民も巻き込むほどの暴走や……」パイがため息混じりに呟く。
デルタも黙り込んでその言葉を噛み締めた。今はこうして束の間の安息が与えられているが、外の騒音が遠くなっただけで、不安が消え去ったわけではない。
その時、地下鉄の入り口から微かな足音が響いてきた。二人はすぐさま顔を見合わせ、息を潜めた。暗闇の中、聞こえてくる足音は徐々に近づいてくる。
「隠れるんや、デルタ……。音を立てんようにしてな」パイが囁くように言った。
デルタは静かに頷き、近くにあった古びた機械の影に身を潜めた。闇に沈むように息を潜め、緊張した空気が張り詰めている。足音はゆっくりと近づき、まるで何かを探すように周囲を歩き回っている気配が伝わってきた。
「大丈夫や……静かにしていれば、見つかることはないはずや」
パイの声は震えていなかったが、デルタには彼女もまた緊張しているのがわかった。暗闇の中で、ただ静かにその瞬間が過ぎ去るのを祈るように、二人は息を殺した。
やがて足音が遠ざかり、再び静寂が訪れた。パイは小さく息を吐いた。「ふう……なんとかなったな。デルタ、もう少しだけ辛抱してな」
デルタは小さく頷いた。「はい……ありがとうございますわ、パイさん。あなたがいなければ、わたくしはここまで来られなかったでしょう」
パイは照れ笑いを浮かべながら彼女を見つめ、「ま、仲間を見捨てるなんて、うちの性分には合わんしな」と答えた。再び訪れた静寂の中で、二人はただ寄り添い、束の間の安らぎを胸に感じながら、緊張に耐えていた。
だが、ネオ・トヨスの闇が完全に彼女たちを許すことは、まだないことを二人とも理解していた。
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