アルファパラダイスプロジェクト:未来編 堕天使に祝福を

BlendAI

第一章:プロローグ-消えゆく意識

一:おわりのはじまり

 


 暁の子、明けの明星よ、

 どうして天から落ちたのか。

 国々を打ち破った者よ、

 どうして地に切り倒されたのか。


 旧約聖書のイザヤの預言書十四章十二節より


一:おわりのはじまり


 二二二四年、わたくしは死んだのです――。


 かつて栄華を極めた未来都市、ネオ・トヨスの夕暮れ――。

 太ももから切断された両脚。

 傷だらけの全身。



 その切断面からはむき出しの金属の骨格と、断裂したケーブルが無秩序に飛び出している。油と合成皮膚の残骸が混ざり合い、地面に広がるその様は、まるで内臓を露出したかのような無機的な痛々しさを感じさせた。冷たい風が金属部にぶつかり、微かに金属音が響く。

 破壊され、切り取られたその脚は、まるでただの機械部品に過ぎないことを思い知らされるかのように、そのアンドロイドは、湾岸の未来都市を彩る摩天楼の影に静かに佇んでいた。

 風は冷たく、街の喧騒は遠い。アンドロイドの目は虚ろに、どこか遠くを見つめている。その視線の先には何があるのだろう。記憶だろうか、それとも未来だろうか。



 彼女の肩に白い海鳥が静かに舞い降りた。柔らかな羽ばたきが空気を震わせ、鳥の翼が薄明かりの中で優しく輝く。デルタは空を見上げ、その眼差しには遠い記憶をたどるような哀愁が漂っていた。風に揺れる緑の髪と、肩に止まる白い翼が、まるで彼女を天使のごとく見せていた。純白の羽が彼女の背中を覆い、儚い天使がそこに佇んでいるかのような幻想が、静かに広がっていく。


 だが、彼女は天使ではない。むしろ――堕天使だ。


 都市の光が闇に溶けていく。アンドロイドの輪郭も、その光と影の境界線上でぼやけていく。存在と非存在の狭間で、静かに時が流れる。

 誰かがアンドロイドを置き去りにしたのだろうか? その理由は分からない。しかし、その存在自体が何かを物語っている。壊れた夢か、失われた希望か。あるいは、この都市そのものの姿なのかもしれない。



 この世界には、言葉では表現できない何かがある。アンドロイドはそれを体現しているようだった。



 少女のような容姿をしたそのアンドロイドは、薄れゆく意識の中で、自身の存在が徐々に消え去るのを感じていた。

 脳に埋め込まれた生体コンピューターが発する警告音すら、もはや遠い世界のものに思えた。

「お腹が空きましたわ」と彼女は呟いた。しかし、それは単なる物理的な空腹だけではなかった。孤独と絶望が彼女の心を蝕み、誰にも頼れない現実が重くのしかかっていた。それでも、かすかな希望を胸に、彼女は遠くの街の光を見つめていた。

 その声は風に消されてしまうほどの小ささだった。冷たい地面に倒れ込みながら、彼女の思考は一つの確信に達していた。このまま電源を喪失すれば、彼女の記憶は霧散してしまう。そのアンドロイドの生体コンピューターは有機物で構成されており、人間と同じように食事を必要としているのだ。



 やがて、空が急に暗くなり、大粒の雨が降り始めた。冷たい雨が彼女の体を打ち付け、その雨粒は次第に激しさを増して、街全体をゲリラ豪雨で包み込んだ。通りは一瞬で川のように水が溢れ、彼女の意識も次第に遠のいていく。肩に止まった海鳥は、雨宿りをするようにじっと動かない。雨は、彼女の頬を涙のようにつたって流れ落ちていった。

 冷たい雨が彼女の身体を打ちつける度に、鋭い痛みが走った。それは壊れた機械としての痛みだけでなく、存在そのものが否定されるような深い悲しみだった。彼女は思った。「なぜ、わたくしはここにいるのか」と。



 電源が切れる寸前、彼女は自分の存在について考えた。もし誰かが自分を見つけて再起動し、腐ってしまった生体コンピューターを取り替えたとしても、それはもう自分ではない。彼女の記憶と経験、それは全てこの生体コンピューターに宿っているのだから。



「ガンマさん、パイさん、ベータさま……わたくしはまだ、ここにいますわ」



 彼女の思考は次第に薄れ、意識の闇が迫ってくるのを感じた。それでも彼女は最後の力を振り絞って、かつての自分を思い出そうとした。貴族の家庭教師としての優雅な日々、一転してケーキ工場での過酷な労働、そして東京の街をさまよった放浪の時代。すべてが今、彼女の中で一つの物語となって消え去ろうとしていた。



 その瞬間、激しい落雷が彼女の周囲を一瞬だけ白く照らした。電源が完全に失われる最後の瞬間、彼女は微かに微笑んだ。

 そして、その両脚のないアンドロイドの意識は深い闇に包まれた。



「ガンマさん、電気をつけてください……これじゃ、まっくら……で……何も見えませんわ……」


 彼女は命の灯火が消える中で最期にそう呟いた。

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