第21話:5件目の殺人
『今月の殺人予告を小説にした。今日はその公開日です。今回の殺害方法はメチルアルコール。身近な物での殺害はリアリティを生むもんだ。例によって被害者の名前などは出版社に送った原稿に記載した。出版社は私の小説を出版してくれ。それでは、今回も私の小説を楽しんでくれたまえ。リアルなサスペンスはリアルさが一味違いますよ』
この端書の後に「文豪」の小説が続く。また殺人予告のWEB小説が公開された。今回大きく違うのは文章の中に『今月の殺人予告』と書かれていたことだ。これは、先日刑事二人が2人目の被害者である花園芽亜里との面会の時に、花が月ごとに変わる誕生花ではないかという予想と合致する。
実際、1回目の殺人は1月に行われた。この時の現場の写真にはスイートピーが写り込んでいた。2回目の殺人は2月、手足を切断された花園芽亜里は段ボールに詰め込まれ、宅配便で自宅に送られた。この段ボールの中にチューリップが同梱されていた。3回目はガーベラ、4回目はアルストロメリアが現場に残されていた。
いずれの場合も切り花なので偶然そこにあったとは考えにくい。そして、誕生花ならば、当然12月まであり、これはまだ連続殺人の序章でしかないということを暗に告げていた。「今月の殺人予告」とはそれらを裏付ける言葉でもあった。
***
5件目の遺体はなんとか見つかった。遺体にならないと見つからなかったが……。自然死にうまく見せかけた場合、その家族は警察ではなく、救急車に連絡する。そこで病院が異常を感じなければそのまま自然死として処理されてしまうのだ。
連日のワイドショーで取り上げられていることもあって、家族も医師も全てを疑っていた。その上、家のリビングに見慣れないピンクのバラが置かれていたという。
被害者は江藤洋一、36歳。家族によると、毎晩リビングでかなりの量を晩酌で飲み、ときにはテレビを見ながら寝てしまうのだという。その日は夜になっても起きないので、妻が布団代わりにタオルケットをかけた。そして、朝には息をしていなかったらしい。第一発見者は娘の洋子12歳。急いで救急車に通報したが、病院で死亡が確認された。
「ショックでしょうねぇ……あの子。おどおどしてたし」
刑事たちは家族に話を聞いている間、娘がおどおどしていたのが気になった。その前の4件目の家の子どももビクビクしていたし、最近の子どもはみんなこんな感じなのかと飯島は思った。
2人の刑事は科捜研に向かっていた。江崎の遺体が科捜研にあるのだ。なにか分かったかもしれない。
「早いとこ『文豪』を逮捕しないといけないすね!」
「それには情報が必要だ。尻尾をつかめたらいいんだけどな」
***
対応はいつもの沢口靖枝だった。早速話を聞いた。
「メチルアルコールは『中毒起因物質15品目』にもラインナップしてる身近な毒の一つです」
テーブルの上に簡単な資料を起きながら沢口が言った。
「アルコールって酒に入ってる……?」
「いえ、それはエチルアルコールです。メチルアルコールは『目が散る』とか語呂合わせがあるほど有毒で失明などが有名な毒です」
飯島は酒が好きなので少し安心した。
「でも、『身近な毒』って怖いな……他にはどんなのがあるんですか?」
「ドラマなんかでよく出てくるのは、シアン化合物やヒ素化合物ですね。他には三環系とか、四環系の抗うつ薬、アセトアミノフェン……これは解熱鎮静剤ですね」
「結構あるな。いつから日本はそんな危ない国になったんだよ」
飯島は納得がいかなかった。
「今回のメチルアルコールなんですが、飲んでも分からないもんですか?」
「うーん……実際に飲んだことはないのでなんとも言えませんが、低濃度なら無色無臭で分からないと思います。でも、高濃度になるとアルコールくささが出てきます。でも、焼酎なんかのニオイの強いお酒に入ってたら分かりにくいかも。飲酒中なら色々な感覚も麻痺してきてるだろうし……」
たしかに飲んだ感想は飲んだ人しか分からない。しかし、毒なので飲んでしまったら生きていないのだ。バカな質問をしたと飯島は少し恥ずかしかった。
「量はどれくらいで死にますか?」
「LD50……致死量は100ミリリットル程度ね。コップ半分くらいかしら」
「結構少ないな!」
身近なアルコールで人が簡単に死ぬことが分かり驚愕する。
「今の『LD50』ってどういう意味っすか?」
致死量と言い換えた沢口の言葉を海苔巻あやめは聞き逃さなかった。
「『LD50』はその量を飲んだら50パーセントの人が死ぬ量をいいます。絶対量じゃなくて、その人の体重当たりの量。体が大きい人はその分多く飲むから男女の差はあまり関係ありません」
ここで沢口は髪を耳にかけながら続きを言った。
「全ての物はその量によって、毒にも薬にもなります。水でも1日に6L飲むと死ぬことがあるといいます」
「バスケ部の時とか平気でそれくらい飲んでたっす!」
海苔巻あやめが反応した。どうやら彼女は高校時代、バスケ部に所属していたらしい。
「なんだよ、お前。ガリ勉じゃないのかよ!」
「うちの女バスはインハイ行ったっす」
「はいはい。すいません、話が逸れて……」
飯島は沢口の方を向いて謝り、ペンをひらひらと動かした。
「それで、メチルアルコールはどこで手に入りますか?」
「ホームセンターとかで……アルコールランプの燃料とかで普通に売ってるから。Amazonとかの通販でも買えるわね」
「おいおい、日本はこんな毒を通販で買えるのかよ!」
「まあ、通販のものはIPAとかが混ぜられていてニオイですぐ分かるでしょうけどね」
***
「まただな」
「なにがすか?」
科捜研を出て、車に戻ると飯島はすぐに言った。
「また殺人と分からない殺人が来たな」
「そっすね。いわば、ステルス殺人すね」
「そんなかっこいい名前つけるな。あんな身近な毒で人が殺せるって分かったら、コンビニ感覚で殺人が行われるようになるみたいで怖い」
海苔巻あやめはしばらく想像してみた。
「……ほんとっすね」
彼女の想像でも世の中は酷いことになった様だ。これは既に普通に身の回りにあるもの。足りないのは知識や情報だけ。これらがマスコミを通して一般に知れ渡れば、世の中はガラリと変わってしまうかもしれない。
殺人は罪だが、それだけに、留まらない2重、3重の意味での犯罪と言えた。
「『文豪』の目的はなんですかね? 未だに被害者の関連はありません」
「……だな。俺は親を失ったあの子どもたちのおどおどした目が忘れられねぇよ」
「……はい」
後にこの会話から、犯人の目的が見えてくることになる。しかし、二人の刑事はまだそのことに気づいていなかった。
□
明日は6時更新です。
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