第20話:2件目の被害者、花園芽亜里の事情聴取解禁

 2件目の被害者であり、「文豪」の連続殺人の唯一の生還者である花園芽亜里との面会が許可されることになった。


「花園芽亜里に話を聞きに行くぞ」


 今日の飯島はいつもの無精ひげも剃っていたし、シャツもなんだかよれよれ度が少なかった。


「あれ? 飯島さん、今日はなんか小綺麗じゃないですか!?」

「小綺麗とか言うな。いつもと同じだ」


 パトカーの助手席できょろきょろしながら色々思案を巡らせる新人刑事海苔巻あやめ。


「あ、JKに会いに行くから小綺麗にしてるんすね!? めちゃくちゃかわいいんしょー!? ネットで話題になってました! それにしてもひどいなぁ、私だって年頃の女性じゃないすかー!」

「お前は髪なんかぼっさぼさじゃねーか」

「デカの仕事は忙しいんす……」

「今時刑事のことを『デカ』とか言うのはドラマの中だけだ。お前はいつも知識がドラマとかマンガの中からなんだよ!」


 このお馬鹿なやり取りは、花園芽亜里が入院している安影総合病院に着くまで続けられた。


 ***


 事情聴取は花園芽亜里の体調も考慮され、彼女の病室内で行われた。彼女の負担を考慮して、医師の森脇と、花園芽亜里が女性と言うこともあり女性の看護師が1名同席することとなった。そのため、1部屋に5人も入ることになったが、彼女が個室に入っていたことから特に問題は起きなかった。


「すいません。横になったままで……」

「お気遣いなく。こちらの方がお邪魔しているので……」


 花園芽亜里はみんな座っているのに、自分だけベッドに横になっていることを謝った。それにパジャマ姿であることをすごく気にしていたが、女性看護師と海苔巻あやめが同席したことでその辺りは飲み込んだようだった。


 彼女の容態については事前に医師の森脇から説明を受けていた。彼女自身に訊く負担の軽減のためだという。それによると、現在腕と脚はつながっているとのこと。骨をボルトと金具で固定して、神経や血管は手術でつないだのだという。ようやく筋肉や皮膚はつながってきたが、傷跡が残っているのでそれを見せるよう頼むことを禁止された。彼女の年齢が17歳で年頃と言うこともあり医師からの配慮とのことだった。


 その代わり、写真は本人の許可の元見せてもらえる事となり、傷跡と縫った後は痛々しく、花園芽亜里が17歳の高校生でなくても、それについての質問は憚られるほどだった。手足はまだほとんど動かず、動かすためには厳しいリハビリが必要なのだという。ご飯を食べるのも一人ではムリなので、しばらく継続して入院生活は続くそうだ。


「事件前後のことで覚えていることはありますか?」


 いつものようにベテラン刑事飯島がイケボで訊いた。


「……すいません。あんまり覚えてなくて……気付いたら病院のベッドの上でした」

「大きなショックを受けた場合、一時的に記憶をなくすことは普通にあることです。そのうち自然に思い出すこともあります」


 花園芽亜里の答えに慌てて医師の森脇が補足を入れた。


「普段、後をつけられたり、ストーカーがいたりとかは……? あとお聞きしにくいのですが、お付き合いしている男性とか……」

「特に気付きませんでした」


 彼女は座ったまま、少しうつむき気味に答えた。


「すいません、本物の刑事さんにお会いするのは初めてで……ちょっと緊張してます」

「あ、このおじさんは悪い人じゃないんで、緊張しなくていいすよー」

「こら!」


 場を和ませるように海苔巻あやめが話に割って入ると、飯島はふざけるなと短い言葉でたしなめた。しかし、それくらいの声でも花園芽亜里は肩をすくめてしまった。


「ほら、飯島さんは顔が怖いんすから、せめて小さな声で喋ってください!」

「……す、すまん」

「花園さん、すいません。うちの先輩が……」


 怖がらせてしまったというショックと、申し訳なさで飯島は素直に謝った。海苔巻あやめはなんとか飯島は怖くない存在だとアピールした。


「その……特に普段からストーカーとかに追われていたりしていなかったと思いますし、お付き合いしている人などもいなくて、そういうトラブルはありませんでした」

「そうですか。ありがとうございます」


 一生懸命答えてくれた花園芽亜里に海苔巻あやめがお礼を言った。


「すいません。最後にこれを見てなにか気付きませんか?」


 そう言って、ベテラン刑事飯島がメモ帳を1枚みせた。そこには次のことが書かれていた。


『スイートピー

 チューリップ

 ガーベラ

 アルストロメリア』


 これまでの殺人事件の現場に置かれていた花だ。彼女の場合、段ボールにチューリップが同梱されていた。そのことを思い出させないように、他の花の情報も合わせて出し、あえてなんなのか口にしなかったのだ。


 メモを受け取ると、花園芽亜里は少し首を傾げた。その仕草もすごくかわいらしく、密かに刑事二人の心をガッチリつかんだ。


「お花ですね」

「そうなんです」

「誕生花……でしょうか?」

「誕生花?」


 飯島が眉をひそめて聞き返した。その仕草に花園芽亜里が「あ、やっぱりなんでもないです」と意見をひっこめそうになった。「ぜひおしえてください!」と海苔巻あやめが押して彼女はひっこめそうだった意見をやっとなんとか答えた。


「お花には、月ごとに誕生花っていうのがあって、1月はスイートピー、2月はチューリップ、3月はピンクのガーベラ……みたいに。それかなって……」

「それは毎月あるんですか?」

「はい……1月から12月まであります」


 飯島は「おいおいおい」と考えたのがありありと表情に出た。海苔巻あやめも同じことを考えたからだ。もし、各殺人現場に置かれた花が誕生花だったとしたら、まだ4回目(花園芽亜里は実際には死んでいないが)。殺人は全部で12回行われる……そんな考えが浮かんだのだ。


「花園さんの誕生日は2月ですか?」

「いえ、私の誕生日は8月31日です」


 もしやと思って、飯島が質問したが被害者の誕生日と殺害の月は関係ないらしかった。海苔巻あやめは8月31日と聞いておとめ座かぁ……彼女にぴったりだと全然違うことが思い浮かんだが、この場にそぐわないと空気を読んで言わなかった。


 事情聴取はこの程度で終わった。ただ、花園芽亜里への配慮などもあり時間は1時間程度かかってしまったのだった。


 ***


「きゅわいかったですねーーーーー! 花園芽亜里ちゃん♪」


 帰り道のパトカーの中、海苔巻あやめが身を捩らせながら言った。


「なんだよ、お前も女だろ」

「女でも、かわいいと思うものはかわいいんす! かわいかったなぁ……守ってあげたいって思える感じの儚さがありましたね!」

「……まあ、な」


 50代の飯島でも好ましいと思えるほどのかわいらしさと、仕草、立ち居振る舞いの花園芽亜里だった。


「あんな子を殺そうとするなんて『文豪』は鬼か悪魔みたいなやつすね!」

「まあ、殺人鬼なんてみんな異常者だろう」

「はあーーーーー、かわいかったなぁ芽亜里ちゃん♪ 募金しよ!」

「募金?」


 花園芽亜里のかわいさの余韻に浸っている海苔巻あやめだったが、最後に変なことを言った。思わず飯島は聞き返してしまった。


「彼女の名前とか住所とか顔写真ってネットに流出しちゃったんす」

「ホントか!? ひどいことするやつもいるもんだな」


「そう言うのもあって彼女は余計に家に帰れないのかなって。実際、家の前にマスコミとかずっといるらしいすよ」

「マスコミってのは暇なんだな」


 飯島はため息をついた。


「あ、それで、彼女のかわいさに惚れ込んだ人たちがいっぱいいいて、ネットでは彼女のファンクラブみたいなのが立ち上がってるんす」

「どういう世の中なんだよ、今の日本は」


 もう、呆れて飯島は海苔巻あやめの話が半分も入って来ていなかった。


「仮想通貨でできるんすよー! ポチ! ほら、飯島さんも課金しましょうー!」

「知らねーよ!」

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