第13話:医師の見解は
医者への事情聴取)
「花園芽亜里の腕と足を切断できる一般人ですか……? うーん、そんな話になってるんですかぁ? 多分、プロの医師じゃないとあんなにきれいに切断できないと思いますけど……」
刑事2人は2件目の被害者、花園芽亜里の腕と脚をつなぐ手術をした医師森脇のところに行った。今日は忙しいということで廊下での聞き取りとなった。花園芽亜里の手足の切断について医師はプロの仕事だと断定した。
「肉屋とかかもしれないじゃないっすか。そんなに言い切れる根拠ってあるんすー?」
「たしかに、肉屋とかだと日々肉を切っていると思うので上手でしょうね。その発想はなかったです。ただ……」
医師は顎を触りながら顔を横に向けて考えた。自分がそう思った根拠を言語化するのに時間を取った形だ。
「私も休日料理をするんですけどね?」
「はあ……」
何の話が始まったのか二人の刑事には考えが及ばなかった。
「分厚いとんかつとか。豚の角煮とか……それでいい具合に肉をカットしますけど、あんまり上手にはきれないんですよねー」
「そ、そすか……あの……」
「あ、ああ。申し訳ない。つまりですね、人間と豚や牛は肉質とか違うんですよ。道具も……豚の角煮を作る時にメスは使いませんから。やっぱり、日ごろから人間を切ってる人が人間を切るのがうまいっていう……」
新人刑事海苔巻あやめは元も子もない言い方をする医者だなぁと感じた。医者と言えば医学部を出て医者になる。それなりに偏差値が高いところを卒業しているだろうから、頭がいいと思っていた。ところが、この医者は人が殺されかけた事件で料理に例えるなんて、これはもうサイコパスと言ってもいいのではないだろうか、と。
「だから、外科医だと思います」
「外科医限定ですか? 内科でも小児科でもなく、外科ですか?」
ここでベテラン刑事飯島がイケボで訊いた。彼はこういった行動がすごく似合う。ドラマの刑事っぽくてかっこいいのだ。
「ブラックジャックっているじゃないですか。いや、実際にはいないんですけど……」
「はい、まあ……」
ブラックジャックが実際にいると思っている大人がどれだけいるだろう。わざわざ断るあたり、自分たちはバカにされているのではないかと思い始めてきた。
「医師は医師免許を取って、その後インターンになるんですけど、この時点では色々な科をローテーションして1か所に定めません。その後、外科を選んだらずっと外科、内科を選んだらずっと内科って専門になるんです」
「それはまたどうして?」
「考えてみてください。ご自身が胃がんとかになったとします。年間1000件胃がんの手術をしている専門の医者と、2~3件しか手術をしない一般医だったらどっちに頼んだ方が安心ですか?」
「……なるほど」
その話で言えば、胃がんを初めて手術する医者に当たるかもしれない。風邪は100件治しても、胃がんの手術が初めてだったら患者としては不安しかない。日々胃がんを切り続けている専門医の方が絶対的に安心だった。
「だから、ブラックジャックみたいな、なんでも手術できる医者は実際にはいないんです」
ここで飯島が手帳を取り出して訊いた。
「ATPについて教えてください」
「ATP? ああ、ATPですね」
刑事から出てくる単語だと思わなかったみたいで、医師は一度聞き返した。
「ATPは、抗不整脈薬に分類されます。洞房結節・房室結節にはアデノシン受容体があり、ATPは血中でアデノシンに代謝されアデノシン受容体を介し洞房、房室結節の興奮を抑制します。つまり、Caイオン電流を遮断して脱分極を抑制し心拍を低下させる薬です」
「……あの。もう少し素人でも分かりやすくお願いします」
飯島のイケボで言うと、分からない方が悪いのではなく、説明がへたくそなのが悪いと思えるから不思議である。医師ははっとして言葉を変え説明を再開した。
「心臓手術の時に使います。心臓の内部の弁の手術などの際は心臓を一度止めて手術するんです」
「あ、それドラマで見ました! 心臓を動かしたまま手術するのを『オンビート』っていうんすよね!?」
「うーん、私はあんまり聞いたことないですね。心臓を止める時は昔から……私が医者になった時にはもうそうだったから、もう30年以上前からポンプを使うんです。心臓の代わりのポンプ。それを『オンポンプ』って言いますね」
ここで海苔巻あやめの目がきらりと輝いた。
「それで、心臓を止めないで手術する方法が『オンビート』すね!?」
「その時は『オフポンプ』って言ってますね」
どうも、海苔巻のドラマからの知識は必ずしも現場とは合致していないようだった。
「まあ、医師には色々いますし、地域によって若干言い方が違うこともありますし……一応学会とかあるから完全にズレてるってことはないと思うんですけど……。で、ATPがどうしましたか?」
「3件目の殺人にATPが使われた可能性があります」
これは既に小説で公開されてしまった情報なので、医師にも話して大丈夫だろうという飯島の判断があった。
「……となると外科医は外科医でも心臓外科医でしょうか……?」
それは概ね科捜研の沢口靖枝とも意見が合致しているものだった。二人の刑事は、知識を得ると共に方向性が間違っていない事の確認もできた。
「ところで、花園さんの容態はどうすか?」
思い出したように海苔巻あやめが訊ねた。
「手足は接合できたんですが、完全に定着するまで安静が必要ですね。その後、リハビリが始まる感じです」
「そうですか。入院はどれくらいになりそうですか?」
「本人はまだショックが大きいみたいでほとんど口がきけませんので、なんとも……。今わかることはまだまだ入院が必要ってことでしょうか」
その辺は医師でなくても想像できた。なにしろ2件目の被害者、花園芽亜里は両腕、両脚を「文豪」に切断され殺害されそうだったのだから。現在も病室の前には警察官が交代で見張りをしているほどだ。一応マスコミには公開しないように通達が出たらしいが、ネットでは花園芽亜里が生きていることが話題になっていた。殺しそこなったのを知った「文豪」がとどめを刺しに来ることも十分考えられていたからだ。
「話が聞けるようになったらご連絡ください」
「分かりました」
二人の刑事は次の現場に急いだ。
□
昨日、第13話の片方を出したのは設定ミスだったことは秘密ですwww
今日の第13話と共に出す予定でした(汗)
応援の♡が100を超えました♪
ありがとうございます!
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