箱入り娘とステルス連続予告殺人

猫カレーฅ^•ω•^ฅ

第1話:殺人予告

 完全犯罪で人を殺した。その殺人トリックをこの小説で明らかにしたいと思う。私の犯罪トリックは完璧だ。実際、既に警察はそれを自殺として判断し、遺体は火葬された。これで永遠に私の犯罪を立証する事は不可能だ。


 小説通りに完全犯罪で殺人をやってみせるので私の小説を出版してほしい。この小説は必ず話題になるし、世の中の人が驚く作品に仕上がっていると自負している。


 ある出版社に持ち込まれた原稿の冒頭に書かれていた添え書きにはそのような文章から書き始められていた。


 出版社に持ち込まれる小説の多くは、「公募」と呼ばれる様々な賞への応募作品だ。しかし、この小説はそんなのは関係なしに、ホームページ上に公開されている一般応募向けの申し込みフォームから投稿されたものだった。いずれの作品も本文である小説内容とは別に冒頭に「あらすじ」を書くように各出版社が指定している。


 しかし、この作品はこの「あらすじ」すらなかった。冒頭の文章は添え書きのみ。改行されてタイトルは「小説通りに完全犯罪で殺人をやってみせるので私の小説を出版してください」である。一般的に改行して次に書かれるものは「ペンネーム」であるが、この小説には「文豪」とあった。


 要するに、出版社宛てに完全犯罪の殺人予告が届いた。小説の皮を被った殺人予告。作者は「文豪」。ある出版社でこの一風変わった原稿を手にしたのは若手新人編集者の和田進一だった。しかし、和田はまだこの時この事件を事件とすら認識していなかった。


 彼は出版を生業にしている央端社に入社してまだ1年だった。彼はこの小説を見たときに「また規定違反の作品が届いたな」と思った程度だった。規定違反の作品はそれ以上読まれる事はなかった。しかし、不思議な魅力から彼はもう少しだけ読み進める事にした。それでも、最後まで読む気は全く無かった。少なくともこの時点では。


「小説に書いた完全犯罪の殺人トリックを実演してみせますから私の小説を出版してほしい」


「採用されるだめに必死だな。下手すりゃ殺人予告だよ、こりゃ」


 気になった和田は小説を読み進める。応募者の多くの作品は小説のていをなしておらず、読むに耐えない物も多い。そういう作品は第一選考で落とされる。


 そんな中、この「文豪」の小説はちゃんと小説だった。自らが「文豪」を名乗るだけあって読み進めるだけの魅力はあった。


 話の構成や人物の掘り下げは読みすすめないと分からない。そういった意味では、現状では彼が「文豪」と名乗っても異を唱える程の違和感はなかった。少なくとも第一選考は通過できるレベルだった。


 央端社のホームページで受け取るデータ形式は基本的に小説のデータだけ。つまり、文字データのみ。データの種類を表す「拡張子」の種類で言えば、「docx(ワード)」と「pdf」、「txt(テキスト)」などだ。ただ、最近では色々なテキスト形式があるので央端社では、何でも受け付けている。そのため、画像データの「jpg」でも送ることができたし、編集側でも見ることができた。今回「文豪」が送ってきたデータには画像データも付いていた。特に見たいと思っていた訳ではないが、和田はその画像を開いてみた。


 そこに特別な感情はなかった。道端に100円玉が落ちていたら拾って自分のものにするように、ケーキを買ったときにドライアイスが付いていたら、水に入れてもくもくと水蒸気を発生させるように、画像データが添付されていたら和田はそれを迷い無く開いたのだ。


 そして、そこに表示された画像はなんでもない家のリビングの画像だった。ただ、そこには梁にネクタイを引っ掛けて首を吊った中年の男性と思われる人間がぶら下がっている画像が映し出されていた。簡単に言うと首吊り画像が添付されていたのだ。しかも、それはそれはリアルな首吊り画像だった。


 それを見て和田はこう思った。


「小説家のたまごが売名行為として殺人……世も末だな」


 そう言いながらも、画像はAIによる生成だと思っていた。実際のものではない、と。文章を見ればちゃんと起承転結はあるし、人物の背景もリアルに書かれている。犯人が殺人を犯すだけの必要十分な動機が描かれていた。殺人のトリックもそれらしい。若干単純な気もするけれど。


 世の中の小説のトリックは日々巧妙になっている。そんな中、「文豪」の書いたトリックは、被害者の死因を自殺として処理させるというものだった。地味で面白みもない、トリックマニアがわくわくする要素がほぼ感じられない地味なもの。世間の話題になるには何か「エッセンス」が不足している様に感じられた。


 警察は明らかに自殺だと思えるような状況の場合は、あえて司法解剖に回したりはしない。ルールとしては、不審死の場合は司法解剖をする、となっているがそれを杓子定規に当てはめてしまうと、現場はパンクしてしまう。それというのも日本の年間の自殺者は2万人を超える。一年は365日しかないので、47都道府県で割っても各県で毎日1人以上の人が自殺している計算になる。解剖するのに数日かかる事を考えたら、全県パンク状態なのだ。全自殺者の解剖は現実的ではない。そこで、「明らかな自殺」はそのまま「自殺」として処理してしまう現実がある。「文豪」が描いたのはそこを突いた殺人トリックだった。


 和田はそこまで分かった上で、上司である編集長の小室に相談した。色々議論の上、警察に相談する様に話をコントロールしながら相談した。「念の為」、「一応」、「相談」である。万が一の際、会社に責任が及ばないようにの話だった。


 和田の上司は小室泰六。和田は小室にくだんの小説原稿を渡し相談した。


「なるほど、皆まで言うな」


 小室は編集長席であごを触りながら数秒考えた。


「和田くんはどう思う?」

「多分、いたずらか過剰なアピールだとは思うのですが、こんな時代ですし念の為、警察に相談しておいた方がいいかなって。文章だけならまだしも、画像も付いていましたし」

「そうだな」


 こうして和田の思惑通り、央端社として一応警察に相談する事になった。今の世の中、誰もが「お前が相談しなくていいって言った結果がこれだよ!」などと何かあった時に責められるのは嫌なのだ。


 新人編集者、和田進一は忙しい仕事の合間に最寄りの警察署に厄介事を持ち込みに行く事になった。


今日は初日なので、第2話も同日投稿いたします。この1話目が6:00投稿でしたが、2話目は6:10と6:20と6:30に分割投稿となります。

イタズラに分割しているのではなく……読んでいただければ分かるかと(^^)

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