第49話 過去を乗り越えろ

「校長先生。今のが過去というのはどういうとですか?」


 闇の中から現れた、ケープコッド魔法学園の校長であるオード・トワレへと問う。


「それは王子が一番わかっておるはずですじゃ。自分の胸に手を置いて、ゆっくりと考えてみなされ」


「俺が……わかっている……?」


 自分の胸に手を置いて考えてみる。


 あれはどう見ても未来の俺にしか見えなかった。


 エンディングで必ず死ぬ主人公。何度も何度もプレイしたが、結局は死んでしまうフィリップ・バズテック。


 何度も見た光景……。


 ……何度も見た光景?


「まさか……」


 今見たのは、ゲームのエンディングか?


「気が付いたみたいですじゃね」


 校長先生が、こちらの気持ちを読んだみたいに言ってきた。


「王子。この先、王子が死んだ場合の未来を考えたことはありますかの?」


「それは……」


 考えたこともなかった。


 俺が死んだらスタッフロールが流れて、好感度の一番高いヒロインのその後がちょっぴりと流れるだけだ。


「王子が死んだあと、王子の仲間だった者は全て処刑されてしまうのですじゃ」


「!?」


 な、なにを言っているんだ。


「魔王亡き世界では人と人同士の争いが激しくなってしまう。人は誰か敵を作らないと済まない生き物。人は誰かに責任転嫁をする生き物。魔王を倒したせいで人同士の戦争がなくならなくなった。勇者が悪とされ、その悪は敵と認知されてしまい、勇者の仲間達は皆殺しになってしまうのですじゃ」


「そんな、こと……」


「王子が死んだあとの世界は悲惨なものですじゃ。醜い争いは止むことなく、人は飢え、共倒れになってしまう。じゃが、この世界ならば、そんな悲惨な世界を変えることができるはずですじゃ。だから王子。過去を乗り越えてくだされ」


「過去を乗り越える?」


「さようですじゃ」


 言いながら校長先生が大杖を取り出した。


 あれは、エルメス専用武器の賢者の杖。


 どうして校長先生が装備しているんだろうか。


 なんてことは後で良いか。


「自らの過去を乗り越えることができれば、この世界の未来も変わるやも知れませぬ。だから過去を乗り越えてくだされ!」


 自分が変われば世界が変わる。それは意識てきではなく、本当の意味になってしまっている。


「『奉霊の時、害なす者へ闇の炎を解き放たん』」


『ヘルスコーチャー』


 校長先生はこちらへと真っ黒な炎を放ってくる。


 ドス黒い炎は、この闇の世界と相まって禍々しく燃え盛りながら俺を襲いかかる。


 ただ、俺も強くなっている。


 つばめの剣を取り出して、素早く斬りつけると、闇の炎を容易く消化することに成功する。


「王子。あなたの剣の腕は確かですじゃ。その剣で一時だけでも世界は救えるでしょう」


 ですが。


「世界は救えても自分の身は救えない。わかっておいででしょう」


 そうだ。いくら剣の腕が達者でも。世界を救えるほどの力を持っていたとしても。我が身を守ることはできない。それは世界を救ったことにはならない。


「俺は、どうしたら……」


「王子はどうして魔法学園に入学したのですじゃ?」


「それは……魔法を覚えたらもしかしたら未来は変わるかもっていう軽い気持ちで……」


「最初は軽い気持ちだったかも知れませぬ。ですがきっかけなんて軽い気持ちで、自分の運命なんて簡単に変わっていくものですじゃよ」


「でも俺は、魔法なんて覚えられなくて……」


「以前、王子に魔法とはなにかを解きましたですじゃ」


「……魔法は愛」


「さよう。しかし、王子は先のワシの魔法を剣で対応した。それではダメですじゃ。いつまでもコンフォードゾーンでジッとしていてはなにも変わりませんですじゃ。今こそ、自分の魔法を信じてくだされ」


 校長先生は魔法の詠唱を開始する。


「『我招く繰り返される世界に慈悲はなし』」


『エターナルダークネス』


 校長先生が魔法を放った瞬間、彼の姿は見えなくなり、この場から音が消えた。なにもわからない。自分が目をつむっているのかいないのか。歩いているのかいないのか。闇から無となった感覚に陥る。


 それも束の間だった。


「ぐあああああ!」


 なにかに斬られた。


 体が真っ二つになる感触。


 目の前にはエルメスの姿があった。


 泣いていた。でも、なにも聞こえずに俺の意識は遠のいた。


 かと思うと、痛みは消えていた。


 それも束の間──。


「があああああ!」


 また斬られた。


 体が真っ二つになる。


 目の前には召喚士のリーシャの姿があった。


 泣いていた。でも、なにも聞こえずに俺の意識は遠のいた。



 一体、何回、何十回と体を真っ二つにされたのだろうか。


 わからない。


 だがわかるのは、これも剣を振れば解決するのだろう。


 だがそれはその場しのぎ。なんの解決にもならない。


 校長先生は魔法を使えと言っているんだ。それは俺に魔法が使える可能性があるからだ。本当に使えないなら、こんなことはしないだろう。


 ……俺は勇者の末裔だ。主人公だ。だから、魔法が使えるはずだ──。


 いや、違う。


 先生はそんな根性論を俺に叩き込みたいのではない。


 愛だ。


 愛……。


 魔法を愛しろ。


 ヒロイン達を愛したみたいに、魔法も等しく愛してみろ。


 この窮地を脱するのは剣ではない。魔法だ──。


 すぅぅと頭がクリアになる。


 無の世界での恐怖が無くなり、頭上から光が差したような感覚があった。


 陽の光のように暖かい感覚は脳内から入り込み、俺の右手へと移る。


 優しい光が俺の右手に感じると不思議と声を発していた。


『ディバインラグナロク』


 右手を振ると、無の世界から脱し、目の前には校長先生の姿があった。


「お見事ですじゃ。その右手から放つ光はまさしく魔法」


 校長先生に言われて俺は自分の右手を見た。


 肉眼でもわかるみたいに、俺の右手は神秘的に輝きを放っていた。


「王子。よくぞ過去を乗り越えられましたですじゃ」


「……俺は乗り越えたのか?」


「そうですじゃ。王子は辛い過去を乗り越え、魔法を得た。これは未来を変える糧となりえましょう」


「これで、未来が変わる」


 右手に宿る光を見つめながら、もう一度振り抜くと、目の前の闇は晴れ、大魔法使いの塔の景色が広がった。


「もともとはエルメス様の試練でしたじゃが、王子。あなたの試練でもありましたな」


「ありがとうございます校長先生。これで俺もようやくこの世界で一歩踏み込めた気がします」


「ですが王子。気を緩めてはいけませんぞ。これはきっかけに過ぎません。まだ答えが出たわけではないゆえ、ゆめゆめ気をつけるようにですじゃ」


「はい」


 俺は校長先生の言葉を胸に、大魔法使いの塔を上って行った。

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