第19話 もしかしたらこの世界ではモブの悪役令嬢が最強なのかもしれない

 ダンジョン実習が終了し、いつもの一年G組の教室。


「あの、お、王子様」


 おどおどとしながら、相変わらず前髪で顔がよく見えないエルメスがこちらに喋りかけて来る。


「んー?」


「きょ、今日の放課後、あ、の、その……」


 髪の毛をいじいじしつつ、恥じらっている。


 これはもしやデートイベントか?


 あまりエルメスの好感度を上げていなかったが、この仕草はエルメスがデートに誘う仕草だったような気がする。


「い、一緒にいたいでふ!!」


「お、おぉ……」


 唐突な一緒にいたい宣言。語尾を噛むほどまでにドキドキした勇気あるお誘いは、カルティエ推しの俺だがグッとくるものがある。


「あ、や、その……違くて……違わないんですけど……えと」


 あわあわしてるのもなんか可愛いく見えるな。


「この前の実習の時のパーティで、ですね、その、お、お父様のところに行きたいと、おも、思いまして」


 なんだ。デートイベントじゃなかったか。


「お父様っていうと、アルコル大公のところ?」


 コクコクと頷く彼女を見て、大方理解できた。


 大魔法使いの杖は設定上アルコル大公のもの。それを手にした娘のエルメス。


 成績不振のエルメスがお父さんの杖を持って帰ったということを報告したい。


 でも、1人じゃ不安だから俺を誘った。だが、好感度があまり高くないため、前に組んだパーティでいきたい。


 そんなところだろう。


 これはまた特殊なイベントが見られそうな予感だね。


「わかった。俺もバズテックの王子としてアルコル大公にはちゃんと挨拶しておかないといけないと思っていたところだ。みんなで行こうか」


 まさか付いて来てくれるとは思ってもなかったのか、エルメスは希望に満ちた顔をして頭を下げる。


「あひがとうごじゃいます! あ、ありがたいございまふ!!」


 2回言って2回噛むのはエルメスらしいな。



 そんなわけで放課後になり、俺達はケープコッドの宮殿に入った。


 まず一つ言いたいのは、なんでバズテック城よりもゴリゴリの警備なんだと言いたいね。


 いや、そりゃバズテック城は初期位置スタート地点だから仕方ないんだけどさ。ウチの城、兵士とか数人しかいないから。指折り数える程度しかいないから。


 話しかけると、


「ここはバズテック城です」


 とかぬかしやがる。


 いやいや、俺王子だからね? 知ってるから。


「ここまでの話、王子は魔法が使えないのです」


 うるせえ! 黙れ!! 本人に火の玉ストレートの真実の悪口を投げつけるなっ! ってなるからね。


 それに比べてこの宮殿はやたら兵士がいるし、教授みたいなのも多い。


「エルメス様ときたら、どのツラを下げて戻って来たのかしら」


「よくもおめおめとこの宮殿を歩けるものね」


 あと、どっかの悪役令嬢みたいなのもいるなぁ……。


 俺は愛のある弄りをされているが、エルメスの場合は違うみたいだ。


 この宮殿にはケープコッド公爵家以外にも多くの貴族がいるみたい。


 モブの悪役令嬢みたいな奴等がこそこそと俺達──特にエルメスを蔑む目で見てくる。


「ご主人様。私、ああ言う輩は大っ嫌いなので殴って来て良いですか?」


「落ち着け武闘派のメイド。お前はそもそも拳で戦うスタイルなんだから、メイドが殴ったらあのモブ達が冥土送りになっちまう」


「わかりました。では刀の錆にして参ります」


「や、違うからね。殴っちゃいけないなら斬っちゃえば良いじゃん☆(てへ☆)じゃねぇから。どっちにしろ冥土インメイドだから」


「では、どうやってあのモブ貴族を黙らせれば良いんでしょうか」


「ここはわたくしの出番ですわね」


 そうやってしゃしゃり出たシャネルが俺達に言ってのける。


「権力を使いましょう」


「爽やかな顔してえげつない発想のお姫様なこって」


 そういえばこいつは魔法学園も権力で入学したもんな。


「所詮、貴族の中の貴族である王族には頭が上がらないのです。わたくしが、スパンっと言って参れば小便ちびってビビり散らすでしょう」


「前言撤回。お前、ただのヤーさんだ」


「では、行って参ります」


 ヤーさんが悪役令嬢風のモブ達の下へと可憐に参った。


「さっきからゴタゴタうるさいですわよ。王族の前に触れ伏せてくださいまし。下等貴族さん達」


 完全に悪役のセリフだなぁとか思ったけど、そもそもシャネルは中ボスだったわ。


「は、はあ? お、王族がこんなところにいるはずないでしょ」


「そ、そうよ。どこの王族か言ってみなさいよ」


「これはこれは失敬。わたくしはシャネル。プルミエール第一王女、シャネル・プルミエールですわ」


 シーン……。


 思いの外、反応が激薄である。


「プルミエールって?」


「さ、さぁ……」


 ああーっと。ここでゲーム世界における矛盾が生じた。


 本来のブレイブアンドレアではプルミエール城は魔王城になっていて、プルミエールなんて名前は出てこない。


 主要なキャラにはプルミエールの真実が行き渡っているから、プルミエールがなんのことを知っている。


 しかしだ。


 モブ如きにはプルミエールの情報は与えていないのだろう。だからプルミエールと言われてもピンと来ていないと思われる。


 つまり簡単に言うと、シャネルはモブに王族を名乗る痛い奴認定されている。


「え、そういう妄想の人?」


「痛い痛い。痛過ぎて無理」


「ずーん」


 擬音を口にするタイプのヒロインであるシャネルは、心がズタボロになって帰って来た。


「うう、フィリップくぅん、ぐやじいよぉ……あのモブ達を串刺しにして転生するのも躊躇う勇者の雷で生きているのを後悔させてあげたいよおお!」


「落ち着け。泣きながらラスボスよりえげつない発言をするな」


「だってえ、だってえええ!」


「駄々っ子みたいに泣きながら勇者特有の雷を出すな! しまえ!!」


 この勇者はだめだ。精神が弱過ぎる。ま、だから中ボスに堕ちたんですけどね。


「しょうがない。権力は俺が使うとする」


「ご主人様が権力を? あまり使い慣れていない力は使わない方がよろしいかと」


「なにを言う。こう見えても立派な王族なんだぞ」


「だからです。ご主人様はつよつよのいけいけでこの世で一番かっこいいですが──」


「はい、おっけー。自己肯定感爆あがりーの、ドーパミンぶっしゃーで、権力ズドーンいっちゃうよーん!」


 最後までカルティエの話を聞かずに俺はモブ悪徳令嬢達の前に立った。


「おい、モブ共。このバズテックの王子であるフィリップ・バズテックの御前だぞ。俺に惚れて経験値の糧となれ」


 ふさぁっと前髪をかき分ける。


「誰かと思ったら魔法も使えないダメ勇者じゃん」


「がふっ!!」


「つうか魔法が使えないとか勇者以前に人間としてどうなん?」


「ぎふっ!!」


「魔法が使えないとか小学生までだよね」


「ぐふっ!!」


「童貞と一緒じゃん。キモすぎ。そんなんただのゴリラでしょ」


「げふっ!!」


「ゴリラに惚れるわけねーだろ。帰れ」


「ごふっ!!」


 フルコンボを頂いて、ゴリラの俺はこの場から逃げ出した。


「うほぉ……」


 あれだけあった自己肯定感が一瞬にして消えた。


「女子、怖い。モブの女子、怖い」


「もう。最後まで話を聞かないからですよ。ご主人様はゴリラなんですから権力なんて使えないんです」


「辛辣うほ」


「さて、殴っても、斬っても、権力を使ってもダメとなると、ここはエルメスさんに行ってもらいましょう」


「え、わ、わた、わたし、ですか!?」


 無理無理無理と首を横に振る。


「わたしなんか無理です。それなら悪口言われてる方が良いです!」


 それはそれでどうなんだよ。


「別になにもしなくて大丈夫です。ただ大魔法使いの杖を持っていれば良いんですよ」


「大魔法使いの杖?」


「はい。それを持って歩きましょう」


 カルティエに言われるまま、エルメスは大魔法使いの杖を取り出して歩く。


「あ、あれは!?」


「うそ!? なんで!?」


 悪役令嬢風のモブ達が血相を変えて逃げ出した。


「これは由緒正しきケープコッド家の杖。それに選ばれたエルメスさんを誰が悪く言うでしょうか」


 あ、なるほどね。性能が微妙だから忘れていたけど、それってそうい設定だったわ。


 頭良いな、カルティエ。

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