老齢エルフ女子学生になる。

あめのみかな

第1話

 ここは異世界アーヒルエンド。特に凶悪な魔王がいる訳でも無いその国のとある山の頂上で、たった独りでその数千年に渡る長い人生を終わらせようとしているエルフがいた。


拙僧せっそうも随分長い事生きた…」


 ぽそりと呟いた言葉は誰に聴こえるでも無く大空へと霧散する。裏にはつい最近凡そ200年前に建てたばかりの雨風を凌げるだけのボロ家があり、あちこち修復してはいるものの時折飛んでくる巨大魔法や、誰もいないと思ってこっそり休んでた勇者なる者達と彼らを追ってきた魔物との激しい戦闘によって無惨な姿に成り果てていた。


 腕力も無く魔力もそこまで無い極めたのが魔法の弓矢だけのじじい一人の手では修復作業も追い付かず、100年程前から諦めて放ったらかしだった。


 魔王はいないが魔物やダンジョンはある。特に大義な思いを抱いて転生してきた訳ではない者達には正しくおあつらえ向きのこの世界で、彼らは勝手に自分で強大な敵を作り上げ適度に無双しレベルアップしてオレ(ワタシ)ツエーと中二臭い台詞を繰り返す。


 そんな可愛い連中を陰からひっそりと見守りながら、『なんと面白い連中なことか』と一人ほくそ笑んでいたこの爺はなかなかに性格が悪い。


 その性格の悪さからか折角のエルフという勇者気取りの者達が聞いたら泣いて羨ましがりそうな種族と、魔力はそこまで無いにしても相応のステータスを持っていた爺だったが、悲しいことに数千年間誰とも交わう事無く真の魔法使いとなりて今日孤独死を迎える。


 高い山のてっぺんから麓まで眺められた景色は今は余りに近い大空をその瞳に映すのみで、時折黒いドラゴンなんかも飛んでいて、勝手に戦いを挑んでいったあの時の勇者(笑)との激闘の跡が残っていて、『元気に生きとったんか…』と爺は振れる体力があるならその手を上げたかった。


「さて…そろそろか……」


 視界はぼんやりと薄れてきて、発する声も弱々しく口も上手に動かせない。自分の命がもう僅かな事を悟った爺は、草むらの上に置かれたあちこちから羽毛が飛び出ているボロボロのベッドの上で静かに目を閉じる。


『ステータスアップしました。レベルが大幅に上昇し最大値を迎えました、これにより称号が魔法使いから"大賢者"に昇格します。ユニークスキル"転生"を授けました。御使用になられますか?イエスorノー、三十秒以内にお答え下さい。』


「ひょっ!?」


 突然の出来事にあれほど薄れていた視界がカッと速やかに晴れ渡り、大きく目を見開いてかつて出した事ない奇声を発する。頭の中に鳴り響いたその声は凡そ3000年程前の幼少期に聞いて以来耳にしていなかったレベルアップを告げるもので、何故に今さらそんな大それた称号を得られたのか不思議で仕方なかった。


(言われても拙僧は今さら未練など…いや一つだけあったか…しかしもう千年以上と話した記憶なぞ無いからなあ…生まれ変わってもそれは叶わぬ夢か…叶うなら等なってみたかったが……)


『承知しました。これより"転生"の義に移ります。希望性別は今とは別の女性ですね。ユニークスキル"転生"起動します。』

「ひょっ?い、いや待ってくれ……」

『それではどうか良い旅路を…今度こそ貴女の運命の相手に出逢える事を祈っております。ソワカ・アール・エラフ・ノットイン。』


 ピカアアアアアアアアアッー…


 辺り一面、凡そ自分が住んでいる山の頂上から天空へととてつもない光の柱に包まれて、それと同時に爺の魂は肉体を残して遥か上へと吸い込まれていく。遠くでは先程過ぎ去った筈のブラックドラゴンがギョッとした顔をして爺の事を見ていたのだった……


 ▽▽▽


 生まれ変わった爺の目に飛び込んで来たのは、かつて自分が住んでいたボロ屋とは正反対の、かの異世界でも見た事がないほど綺麗な建物内と様々な機械だった。


 自身の口からオギャアオギャアと産まれた事を意味する産声が発せられている事を感じ…ああ、あの声の言っていた事は本当だったのか…と改めて実感した。


 綺麗な女人に抱かれながら尖っていない耳を見て、種族までも変わっている事を知った。


空和歌そわかー、遅刻するわよー?」

「はい、今参ります母上。」


 この世界に産まれ落ちてから6年、朝目覚めてから鏡を見ていた爺はクルリッと回ってひとつ呟く。


「なんか拙僧可愛いんだが?」


 何千年と生きた爺にとっては、6年など砂の時計が下るより早い年月だが、鏡に映った幼女は異世界でもなかなかお目にかかれないほどの、とても美しい長い銀髪で綺麗な緑色の目をした女子おなごだった。

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老齢エルフ女子学生になる。 あめのみかな @dekadekaahiru

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