イレギュラー

エピンスがワゴンを降ろしてニッサの元へとたどり着く頃には日も登り、機械樹の葉から透けた日光が照らしたのは凄惨な光景だった。


大型のクマは完全に絶命していてピクリとも動かず、中型は辛うじて生きているものの完全に気絶して白目を剝いていた。


その中型が流した真っ赤な鮮血と、大型から流れ出る透明な体液が辺りの地面一帯を覆いつくす。どっちも大量に被ったニッサは肌が所々赤く腫れあがっている。髪の毛も所々焦げ、辺りに少し異臭を放つもニッサ本人はけろっとしている。


この数年でエピンスとニッサが確認してきたの生物は基本的にどれも機械的な何かに蝕まれ、体の最低三割程が機械となっていた。多くは消化器官や表皮、何らかの変化を遂げていたが、血肉などはそのままだったりするものが多い。


ただし大型となると話は変わり、動物たちは文字通り「機械生命」となる。血肉を持たず、「体液」でさえ冷たく透明な液体が流れる無機物の様な個体しか確認していない。


ニッサの隣で息絶えたクマの胸元は大きく開いており、切り刻まれた電気繊維はまだ信号を受けているのかバチバチと音を立て火花を飛ばしていた。さらに奥を覗けば、ニッサのお気に入りの靴と、膝から下の義足が電線の様な筋肉質に絡まっている。


エピンスがニッサの元へと駆け寄り、無言でタオルを渡すとそれを受け取りながらニッサはへへっと笑う。


「足、壊れちゃった」


エピンスはため息をつき、ベストのポケットから軟膏を取り出す。


「腕、火傷してるでしょ。出して」


顔を拭きながらニッサは大人しく腕を出す。


「ペトロゼリー塗ってたし、痛くないから心配しなくていいよ」


A部隊アサシンの『痛くない』は当てにならない」


A部隊アサシンの訓練で痛覚を痛覚として認識することが出来ないニッサ。じんじんと染みる痛みを認識する事は出来てもそれを正常な感覚として感じることが出来ない。だからこそ危険を省みず己を戦いの渦中に投じることが出来るが、逆に怪我をしていてもちゃんとケアをしない隊員が後を絶えなかった。


ニッサの火傷は軽度のものばかりではあったが通常の感覚であればむず痒く、辛く鈍い痛みを覚える量の火傷を負っていた。


「ねぇエピ」


「なんだ?」


大人しく軟膏を塗られるニッサはエピンスの後ろを指さすと、そこには浅く細く息をする中型が頭の角をクマに絡めたまま倒れていた。


「あれ、何?」


後ろを振り向き、中型を確認するエピンス。


「分からない…でも前に会ったことならあるかもしれない」


「え?」


目を丸くするニッサに軟膏を渡し、エピンスは寝転ぶ中型に近づくとその目は開いており、エピンスをじっと見つめ返していた。


「...起きてる」


エピンスと数秒間、目を合わせた中型はそのまま目を瞑る。


「会ったことあるってどういう事…?」


エピンスは中型の顔にそっと手をのせると、中型は耳を後ろに倒す。どうやら敵意は無いようだ。


「俺らがすべてを失ったあの日、こいつとよく似たやつに会ったんだ」

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