タバコの葉

「ありがとう、面白かったわ」


年老いた吟遊詩人が語り終えると一人の若い女性が前に出てチップ箱にタバコ葉の入った瓶詰をそっと乗せた。

中身を見た年老いた詩人は目を丸くし、女性を見上げた。


「これはまた珍しいものを、本当にいいのかい?」

 

キャップを深く被った若い女性はその長くふんわりとした癖毛のポニーテールを指でくるくると回しながら老人に答える。


「なんだか懐かしい話を聞かせてもらえたお礼よ。それに禁煙を始めてほしい人がいるのよ」


「懐かしい、とな」


老人は不思議そうに眉を吊り上げ、


「こんな話、他の者から聞いたことあるのかね?」


と尋ねた。


「あなたこそ、この話をどこかで?」


女性は前かがみの姿勢から膝をつき、老人に目線を合わせる。


「以前訪れた宿で体の半分を腐らせた冒険家が話してくれてね」


老人はタバコの葉が入った瓶詰を手に取り、軽く振ると中に詰められたこげ茶の葉が踊り出す。


「腐った体はこれと同じ色だった…赤黒く爛れた顔と腕はまるで溶け続けているかのようでとても不気味でね。彼はこの話を史実だと言い張り、必死に語る形相は狂気に満ちていた」


その時感じた畏怖を思い出したのか、老人は小さく身震いする。


「貴方様はその腐敗の森の遺跡とやらにいったことはあるのかね?」


老人の問いに女性は小さく首をかしげる。


「腐敗の森の遺跡?」


「冒険家の男は腐敗の森に真実を記す遺跡を見つけたと言っていた。だがその代償として毒を浴びすぎて体の至る所が腐り出したと言っていた。あなたもこの話を知っているのなら、腐敗の森に入って同じものを見たか、あるいはあの冒険家に会ったか…」


老人が煙草の瓶詰めから女性に視線を戻そうと前を向くと、そこにはキラキラとした目で彼を見つめる少年がいた。


「おじいちゃん!おじいちゃんって色んなお話するおじいちゃんなんでしょ?」


少年の母親らしき女性が後ろから急いで駆け寄ってきて恥ずかしそうに割り込む。


「こら!人との話に割り込んじゃダメでしょ!」


少年は叱られ、涙目になる。


「ごめんなさい…」


「ほら、行くわよ!」


老人は親子が立ち去る姿を和やかに見届けると先ほどの話相手を探し、辺りを見回す。だがそこには誰もおらず、残された静けさの中でつむじ風が老人のフードをやさしく揺らしていた。


「もう少し話を聞きたかったのぅ…」


老人はそう呟きながら懐から煙管を取り出し、咥えるとタバコの葉の入った瓶詰をキュッと開けた。

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