『はるかなるふたり』
極北の極秘基地に私は幽閉されていた。そこには、遺伝子改造生物や、極秘交渉により数名の人間と人的交換でやってきた宇宙人がいた。私は特殊因子を持つ超能力者としてか、あるいはただの手違いか、宇宙人と同じ最下層の地下24Fに幽閉されていた。
私にとっては宇宙人より人間のほうが恐ろしい。この施設は、狂っている。日々の非人道的な人体実験に耐えかねた私は、自殺を考え始めていた。その時、隣の部屋の宇宙人からテレパシーで念話が来た。
「ここから出て、自由になりたいかい?」
私がどーせ無理だよと、思いながら心の中で頷くと…一瞬、頭が真っ白になった。次の瞬間、宇宙船の中にいた。
窓には美しい星星が流れている。
目の前の椅子に、隣の独房の宇宙人がいた。その容姿はあえて書かないが、どことなく人懐っこくミステリアスで爽やかな印象だった。背は私より少し低かったが、その存在感は圧倒的だった。
本当の宇宙人は裸ではなく洗練された文化があり、その衣装と口調が印象を和らげた。私はその文化的に洗練された宇宙人を『彼』としてこれから表記する。
彼が見ている未来的なモニターを除くと、極秘施設に幽閉された彼と私が映っていた。私は混乱した。彼に尋ねると、こともなげにこう答えた。
「ああ、あそこにいる奴かい。あれはおれのダミーと君のコピー体だよ。これは宇宙のインテリジェンスでね。地球にダミーを送り込み、どのような対応をするか観察しているのさ。あの研究施設は人類で最もセキュリティが高いそうだが…見ての通りザルだ。彼らは、監視の目がないと欲望をありのままに曝す。人類の有りのままの欲望が、おれや君のダミーに何をするか観察しているのさ。」
「何故、ぼくを助けたんだい?」
彼は椅子をくるりと回し微笑んだ。
「それは、君が、君だけが明らかに異質だったからだよ。あの施設の人間は全員解析したが、とても退屈な人間ばかりだった。君だけが、拷問されても、ありのまま豊かな自己の内的世界を保っていた。あの研究所の本質を知っているかい? 神を作るための研究所だそうだ、笑っちゃうよね。」
彼は研究施設の全ての部屋を私に見せてくれた。宇宙人のテクノロジーを回収し、超能力を解明し、一部のエリートを神にする研究をしているらしい。彼はこの研究所で最も優秀とされる10人の科学者を私に見せた。
「あそこに配置した私のダミーは、私の下位互換体だが、それでもこの10人の学者との知能差は、ボノボと人類の差ぐらいはある。」
彼は私の目をまっすぐ見た。
「君は人類と同じ知性を持ったボノボが仮に、群れの中で神の様な権力を手にして、傲慢な振る舞いをしているのを見るとどう思う。…そう、その人間と同じ知能を持ったボノボはその群れの中でのみ神であり、外から見ると滑稽に見えるね。」
私はうなづいたが、長い拷問で疲労していたため、あまりにも居心地が良いその床で深い眠りについた。これは、夢だろうか…目が覚めるとまた、あの独房にいるのではないのだろうか。…
幸い、目が覚めると植物であふれた広大な宇宙船の中にいた。彼は私にシャワー室を案内して、人間向けの朝食まで出してくれた。不思議な音楽の中、雑談しながら食事をとる。
「人類を奴隷にしている全てを見通す悪魔の宇宙人などいないよ。現実は多様な価値観を持った複数の種が観察しており、一部のはしたない下等種がボノボの中で神の様に振るまう人間の頭を持ったボス猿の様に、無知な人類を玩具にしているだけだ。彼らは決して主流ではなく、辺境地でしかわがままが出来ない矮小な存在さ。」
「何故、人類をそのチンピラ宇宙人から助けてくれないんですか?」
彼はくすくす笑った。
「人類の王たちは、選択肢を与えられながらも、君のいうチンピラを選んだのさ。チンピラ同士気が合うんだろうね。チャンスは与えたが、過剰な干渉はしない主義だ。」
彼は顔を掻いて私を見た。
「本当のことをいうと、多くの種にとってこの辺境地に対する関心がないのさ。辺境地の汚染された井戸に意識を分配している者は少なく、そういった場所だからこそ、チンピラでもでかい顔を出来るんだね。だが、どんな辺境の地でも監視はされている。私は、辺境地に派遣された観察者だよ。」
彼いわく、人類に関心を持つのは周辺地域を除けば一部のマニアだけで、人類はいてもいなくても良い存在のようだ。ただ、広島に原子爆弾が投下されてから事態は変わった。同じ種に対して、このような兵器を実戦投入する種は危険な因子があるため、複数の種から監視が強化されつつあるらしい。
「ボノボが人間の頭を持っても、ボノボの中で神の様に振る舞えるだけで滑稽な様に、人類がおれたちが用意した下位互換身体を解析して、人類の中の神になっても、上位種の観察者からみればやはり滑稽なんだよ。その偽りの神を認めるのは、人類の群れだけだからね。」
彼はふいに私を見た
「君には私より上位存在の干渉痕がみられる。それが、ここに呼んだ本当の理由なんだけどね。いくら調べてもおれにはわからない。上には上がいるという証拠さ。おれが君を大切に扱うのも、上位存在の解析がここに及んでいるからだ。これを自覚して、理性的な行動を取れるかどうかが進化できる者と、君のいうチンピラの違いだ。」
彼は私にモニターを見せた。
「見給え、あの研究所の別室にはおれや君のクローンがいる。やつら、ノコギリでクローンの頭を割って、脳を培養し、培養脳を電極で躾けて奴隷にしている。おれはおれ自身のダミーやそのクローン体の扱いを見て、人類の王たちを見極めている。彼らは知らないのさ、セキュリティなどなくその欲望のむき出しが観察されていることを。」
その後もたわいのない会話をしながら、地球にいる2人の私たちに、人類の王の部下たちが何をするかを眺め続けた。彼らは時に暴行し、生殖機をもて遊び、電気ショックを与え、クローンを解剖し続けた。この様に解析を解析されていることも知らずに…。
ある日、彼が私にいった。
「おれの目と頭、どちらかひとつ手に入るなら、どちらがほしい。」
私は、自分はボノボの中の人間の頭を持った滑稽な神になる気はなく、ボノボとして静かに暮らしたいのでどちらもいらないといった。
「君の思考過程は面白いね。人類は、レーダーや粒子解析の発達により、目は進化したといえる。だが、それを処理する脳の拡張構築を忘れており、極めてアンバランスな状態だ。まるで目だけ発達したカタツムリだな。」
彼は私に、人類最上層部の司令室の仕組みを見せてくれた。その後、私の脳を徐々に拡張していき、人類の目と脳の格差を体感的に理解させた。
「小さな脳が大きな目を持っていることがわかっただろ。井の中蛙というやつさ。だから、おれたち2人がそこにおらず、はるか遠くに離れていることも気付けない。滑稽だね。」
彼は人類に怒りや憎しみではなく、チンピラに騙された神になりたい哀れな下等種に滑稽さを感じているようだった。彼はまた、人類と同じように自らの種より、上位存在の知識を再現しようとしているともいった。
「上には上がおり、彼らから見ればおれも矮小な存在に見えるのかもしれないね。ただ、人類とは違い理性を優先させることは忘れないけどね。」
私は彼の上位存在のデータも読み込んで体感した。その結果、人類では永久にたどり着けないのではないかと感じた。
何故なら、種としての根源的な欲求や理性、思考回路、その全てが異なる。彼らは同じ種だけではなく、星系の生態系を長期的に全体向上させる。
人類は麻薬を売り、格差を作り、奴隷を作る。周りを劣化させることで僅かな優位性を得ようとするその性質は、致命的な欠陥に思えた。理性がない者は、理性がある者に種として上回ることは出来ないと体感した。
何日も、私たちは語り合った。話は尽きなかった。ある日、宇宙船のゲームをした。地球のアニメが自動でゲームになり、中で遊べるのは面白かった。人類は嫌いだが、人類の映画とゲームは好きという連中もいるらしい。
今、人類の王たちは、ルシファーやサタンに擬態したチンピラ宇宙人に騙され、人類の半数を滅ぼし、残った半分をロボットにして、ボノボの中の人間の頭を持った滑稽なボス猿になろうとしている。私はここから見て、彼らに何の血統的正当性もないことも分かった。結局、僅かに優位な集合脳で、他の猿の群れを騙しているだけだった。
滑稽な偽りの神に至ろうとする人類の王たちを、はるかなふたりは今日も眺めている。地上にいる2人の私たち自身に対する侮辱と屈辱、傲慢な振る舞いも記録されている。理性なき者たちは、宇宙の本流からは歓迎されないことを私は知った。
人類の王たちの部下、彼らのその2人に対する扱いが、人類の未来を決定づけるのだと王たちが知ることはない。人類の王たちの部下は、今日も2人を拷問し、生殖器をもて遊び、クローンを解剖していた。
世界大戦が始まり、様々な価値観を持つ観察者たちは、それぞれ独自の干渉を始めている。辺境のチンピラに騙された、理性的ではない流れは、宇宙の本流からどのような運命のいたずらをされるか、それはのちの歴史が教えてくれるだろう。
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