第8話 初めての報酬



「ふぅ、こんなもんか」


 配信を終え、一息。アーカイブはディバイスが自動でアップロードするので、特にこちらから操作する必要はない。

 

 ボスゴブリンとゴブリンガードの素材と魔縮石を回収し、目の前の魔法陣へ近づく。

 転移方陣と呼ばれ、入り口まで一気に戻してくれる優れモノだ。


「帰るぞ、ウィン」


「分かった!」


 ひょい、と肩の上に乗る。それから転移方陣に入ると、周囲の景色が暗転していく。一瞬の浮遊感の後、今度は入り口付近の光景が露になった。

 先程と変わらず、子供たちが元気にはしゃいでいる。


「うう、子供コワイ……」


 追い回される仲間を見て、震えるウィン。さっさと出た方が良さそうだな。

 上に向かう階段を上り、ダンジョンの入場口へ。受付の女性に話しかける。


「あの、外に出たいんですが」


「お疲れさまでした。あら、その子は……」


 女性職員は肩に乗るウィンへ視線をやる。


「テイムしました」


「では、テイマーのルールはご存じでしょうか?」


「はい、街中では絶対に外に出さない事、ですよね」


 魔物の中にはそこにあるだけで毒を撒いたり、人の精神に悪影響を及ぼす種もいる。そう言った存在ともテイム可能なテイマーには独自のルールが敷かれていた。

 中でも最重要なのが、街中で放し飼いにしない事。違反者は即逮捕されるほどの危険行為だ。

 仮令たとえ、スライムのような最弱な魔物でも例外ではない。


「自宅内なら放し飼いは可能ですが、外へ逃げ出した場合も処罰されるのでご注意ください」


 職員の言う通り、家の中に限り自由に出してやれる。もちろんそこから逃げたらアウト。周囲の人や家屋に被害を与えてもアウト。厳しいが、本来魔物は肉食獣以上の脅威なのだ。仕方ないだろう。


 強すぎる魔物を使役しているテイマーは、定期的に人気のないダンジョンで触れ合う時間を作っているとか。


 その点、ウィンは大丈夫だ。意思疎通も出来るから、駄目な事は教えてやれる。


「あ、あとダンジョンクリアの認定が欲しいんですが」


 道具倉アイテムベイからボスゴブリンとゴブリンガードの魔縮石を取り出す。


「……え?」


 女性は目を白黒させている。


「えっと、ハクア様は本日が弊ダンジョン初挑戦……でしたよね?」


「はい」


「それで、もうクリアした、と?」


「はい」


「か、かしこまりました! しばらくお待ちください!」


 魔縮石を掴むと、慌てて奥へ引っ込んでいく。

 そしてすぐに戻ってくる。


「確認が取れました。お、おめでとうございます! ディバイスを渡していただけますか?」


 腕から外すと、何やら操作し……すぐに返される。


「Fランクダンジョン、練馬11号の踏破を記録しました。素晴らしい早さです。新記録ですね!」


 少し興奮気味に話す女性職員。

 へぇ、そうなんだ。


「魔縮石はこのまま買取で宜しいでしょうか?」


「あ、はい。これもお願いします」


 道具倉アイテムベイから残りの魔縮石を全部出す。山のように積まれたそれを見て、職員は顔を引き攣らせた。


「え、こんなに……?」


「もしかして数が多いとダメですか?」


 全部一円玉で支払おうとするみたいに。


「いえ、機械で換算するので問題ございません。ただ、こんなに大量に稼いだ方は翠帝様以来でして……」


 翠帝もFランク時代、このダンジョンを攻略してたという。三日でのボスゴブリン撃破は最速記録として打ち立てられ、今日まで破られる事は無かったらしい。


「現金で受け取りますか? 口座振り込みも可能です」


「口座でお願いします」


「かしこまりました。ではこちらに必要事項を――」


 *


「うわ、こんなに振り込まれてる……」


 帰り道、銀行で通帳記帳を行いその金額に目を剥く。


「あれだけで二万弱……」


 特にボスゴブリンの魔縮石が約一万と高額で売れており、下手なバイトよりも遥かに稼げている。その分危険性はあるものの、ディーヴァーが爆発的に流行るのも納得だ。


「この分ならブラック時代の給料もすぐに越えられそうだなぁ」


 何なら、このままボスゴブリンを狩り続けるだけでも稼げる。

 ダンジョンのボスは大体、一時間くらいの感覚で復活するのでそれを狙ってリスキルしまくる稼ぎ方も実際ある。

 ただ、このやり方は他にもボスを狙ってきた人とトラブルの火種になったりするので、罰則はないがマナー違反とされている。


「ま、とりあえず明日は別のダンジョンに行くか」


 地球のダンジョンを見て回るのも面白いかもな。調べた限りだと、色んなバリエーションがある訳だし。

 そんなことを考えながら、俺は自宅に帰りつく。


「おいで、ウィン」


 床に魔法陣を展開させる。すると、そこからウィンが勢いよく飛び出してきた。

 魔王は配下の魔物を自由に呼び出せる。特に重用する存在を特別な空間内に住まわせ、このように魔法陣で即呼び出しをかける事も可能だ。


 この能力には随分、苦戦されられたものだ……いきなりドラゴンとか出てくるからな。


 なお、テイマーも似たようなスキルを持っている。案外、現代における魔王枠はテイマーなのかもしれない……。


「ここがハクア様のお家? 広い!」


 ウィンはピョンピョン廊下を跳ねていく。東京の一等地に建てられた一軒家だからな。

 親父は凄腕の商社マン、お袋は大企業のキャリアウーマンだった。


 若い頃、酷い貧乏で苦しんだ二人は懸命に働いて俺には苦労の無いように、と何不自由なく育ててくれた。寝る間も惜しんで働き詰めて、やっと落ち着けると思った矢先に事故で……。


 ここまで育ててくれた恩返しすら出来なかった。でも泣いてるだけでは前に進めない。せめて二人が残してくれたこの家と遺産は守りたかった。

 だから大学は短大を選び、いち早く社会人になった。就活も必死に研究し、自己アピールしてようやく内定を取った。

 まあ、それがクソブラックだったというオチがある訳だが……。


「ハクア様、これ何?」


 廊下の奥からウィンの声が聞こえてきた。

 感傷に浸っていた俺は意識を切り替え、ウィンの後を追う。


「ああ、それはテレビだ」


「テレビ?」


「簡単に言うと……なんだ、絵が動く魔法の箱……かな?」


 スイッチを入れると、丁度ダンジョン特集のニュースが始まっていた。


「わぁ、凄い!」


 ウィンは言葉が分からなくても夢中になって齧りついている。今まで岩だらけの洞窟で暮らしていたんだ、目に見えるもの全てが新鮮に見えるんだろう。異世界の風景に心を奪われた俺のように。


『では、次のニュースです。今日未明、新宿9号で遺体で発見されたディーヴァー、とうづかアワーのシブこと、本名渋井タクマさんに関する続報です』


 楽しげな雰囲気から一転、深刻な面持ちのリポーターが映る。


『渋井さんはDランクディーヴァーとして活動しており、実力と人気を兼ね備えた人物として高い人気を博していましたが――』


 当然だがチャンネル登録者数とランクは同じではない。人気があってもランクが低い場合もあるし、不人気でも実力を持つディーヴァーもいる。だが殆どは実力を示せば人気も比例するので、このパターンは稀だ。


 Dランクは実力としては中堅どころ、最もピンキリの差が激しいランク帯になる。

 そこで実力を示していたなら、この人は相当に強い部類なのだろう。


「そんな人でもアッサリ死ぬ……」


 アースシアと同じ、シビアな世界だ。


『警察と専門機関が配信映像を確認したところ、未知の魔物と交戦した可能性が高く、新宿9号に立ち入り注意報が発令されました。ディーヴァーの皆さんは、細心の注意を払ってください』


「未知の魔物……気になるけど、Dランクじゃ行けないよな」


 俺はテレビから視線を外し、夕飯のメニューを考えるのだった。


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