10夢
この世界に来て最初の冒険ら一ヶ月程が経過し、俺は少しずつこの世界の生活に慣れ始めていた。クエストを受けて生活費を稼ぎ、ギルドの近くにある、冒険者が多く利用している宿で生活している。
今日はヒイラギさんと一緒にクエストを受け、近くの山の頂上付近に自生している植物の採取に行ってきた。
道中、狂暴な猪のようなモンスターの群れに遭遇したり、酔っぱらったヒイラギさんが姿を消してしまったりと色々と問題もあったが、無事に採取を終えて帰ってくることができた。
ヒイラギさんはもらった報酬で今日も酒を飲みに酒場に向かった。
一応、一軒家に住めるだけのお金は持っているそうなのだが、毎日のように酒場に行くので、ヒイラギさんも冒険者用の宿で生活している。
――ここでの生活にも大分馴染んだな。
たまにヒイラギさんやランカさん以外の冒険者とも一緒に依頼を受けて行動するようになった。この街の冒険者がそうなのか、冒険者全体にそういう傾向があるのかは分からないが、基本的に気のいい人ばかりだ。
異世界から来たという話が広まっているからか街の人たちからも顔と名前を覚えられており、分からないことがあると親切に色々と教えてくれる。
自分で魔法を使えないが、道具と魔力の結晶を使うことで、日常に使うような魔法は使えるので今のところデメリットスキルのせいで苦労もしていない。
クエスト官僚の報告をギルドで済ませ俺はそのまま宿の部屋に帰った。
汚れた服からユニフォームに着替えると、バットを持って街の外へ出るために門へと向かう。
昼は手続等の作業もあるため二人門番がいるが、夜には基本一人だけだ。今日の担当は、俺が最初にこの町に来た時にいた若い門番で、名前はクエイクという人だ。クエストに行く際や、こうやって夜に町の外へ出る際に会うので、すっかり顔なじみになっていた。
ちなみに最初に会ったときに一緒にいた中年の門番は彼の父親らしい。
「今日も来たんですか? 毎日よくやりますね」
「基本的にトレーニングは毎日やるものですから」
「いやー、僕には到底真似できないですよ。親父の稽古もよく逃げ出していましたから」
彼はそう笑いながら門を開けて、一礼して俺を見送ってくれた。
この世界での生活にも慣れてきたので、最近はこうやって毎日町の外で野球のトレーニングをしている。
女神様の加護を受けている状態で思い切りバットを振ったり走ったりしていると、周囲に被害を与える恐れがあるので、街の中ではトレーニングができないからだ。
しばらく走り込みをして汗を流した後、素振りを始めた。
この世界にいる限り、実際に野球の試合をすることはできない。
頭の中でマウンドに立つピッチャーを思い浮かべて、しっかりと正しいフォームを意識しながらバットをふるう。そうすることで、少しでもスイングする感覚を忘れないように。
——俺はやっぱり、元の世界に戻りたい。そして甲子園で優勝して、プロ野球選手になるんだ。
俺の幼いころからの夢、そのためにずっと練習を積んできた。
しかし、この世界から元の世界に戻る方法なんてあるのだろうか?
俺は雷に打たれ、この世界に来た――つまり、元の世界で俺は死んでしまっていて、元に戻ることなんて不可能かもしれない。
もしそうなら、俺が今やっていることはとても無意味で滑稽なことだろう。この世界には存在しないスポーツの訓練を毎日毎日積み重ねているのだから。
――いや、それでも、望みは捨てるな。少しでも可能性があるなら、それに向かって努力を重ねるのみだ。
どうせ元の世界になんて帰らないと諦めて努力をすることをやめてしまえば、もし元の世界に変えることができたとき、俺は絶対に後悔するだろう。
どれだけ努力しても、夢や目標を叶えられないことはある。それでも、努力をしなかったことを後悔したくはない。努力をするかしないかは自分で決められることなのだから。
「いやー、若いっていいねぇ」
ふいに背後から聞こえたのはヒイラギさんの声だった。
いつもと同じビキニアーマーを身に着け、手には酒の入ったコップを持っている。クエストから帰った後、いったん家に帰って着替えればいいのに、ギルドにクエスト達成の報告を終えるとすぐに酒場に行ってしまうので、俺はヒイラギさんの他の格好を見たことがない。
「……なんでここに?」
「いやー、クエイクくんから君が毎日街の外に行って訓練しているらしいって聞いていたから。戦いの練習でもしているのかなと思って様子を見に来たんだけど、野球の練習をしていたんだね」
「はい。何もやってないと感覚を忘れてしまいそうなんで」
「君は元の世界に帰りたいの?」
「……ヒイラギさんは違うんですか?」
出会ってからしばらく経つが、ヒイラギさん自身から元の世界での話をほとんど聞いたことがない。どこに暮らしていて、何をしていたのか。どうしてこの世界に来てしまったのか――何も知らなかった。
知っているのはランカさんの友人であり、冒険者として優秀で、とにかく酒が好きでほとんどいつも酒を飲んでいるということ。この世界でのことと、見ていればわかることしか実はヒイラギさんのことを知らない。
まぁ、常に酔っぱらっていてトラブルが多いので、あんまりゆっくり身の上の話を聞こうという雰囲気になり辛いというのが理由なきもするが。
「元の世界が恋しくならないわけではないんだけどね。ワンピースとかハンターハンターの続きはどうあったのかなーとか考えるし。でも、基本的に元の世界での私ってそんなに幸せってわけじゃなかったからね」
自嘲しながらそう言うと、ヒイラギさんは元の世界での話を始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます