08冒険の始まり
ギルドが崩壊した事件の一週間後、俺はランカさんとヒイラギさんの二人とともにモンスターの生息する森に来ていた。
ここは、この近辺の街にいる冒険者見習いが最初に訪れる場所らしい。
俺は最初にオークに教われたあの日以来、初めてモンスターたちの生息する場所に足を踏み入れている。
なぜ一週間も期間が空いているのかというと、崩れ落ちたギルドの瓦礫を撤去する作業の手伝いをしていたからだ。
想定外の出来事で君のせいではないと言われたが、意図してのことではないとはいえ、壊してしまったのは間違いなく俺自身だ。せめて片付けぐらいは手伝わない訳にはいかないだろう。
瓦礫の撤去作業が完了し建物の建築作業が始まったため手伝えることもなくなり、ようやく冒険に出ることになった。
今回は依頼を受けておらず、とりあえず戦闘の経験をしようということでこの森にやって来た。
ステータスの判定の結果判明した俺のステータスは、かなり通常ではあり得ないようなものだったらしい。
まずレベルが異常に高く、トップレベルの冒険者に匹敵する程だという。
転移者は元の世界での経験が反映されるうえ、得られる経験値の倍率が通常より高い。そのため高レベルになりやすいのだが、それを加味しても俺の数値は高すぎるらしい。
おそらく野球のためにしていた練習が経験値に反映され、そこに転移者の高い経験値取得倍率が合わさりそのような結果になったのではないかという結論になった。
そしてもうひとつ、デメリットスキル魔法適正0というステータスだ。
デメリットスキルとは大きなトラウマが刻まれるような出来事があったさいに希に発現することがあるものだそうだ。
そのため、加護を受けたばかりの者にあることは本来ないはずのものらしい。
このデメリットスキルのせいで俺には一切の魔力が存在せず、魔法を自力で使えない。
そのため、俺は魔力の使用を前提とするステータス測定の道具が使えなかったわけだ。
魔力量に個人差はあるが、魔力が一切ない生物はこの世界に存在しないので、前例がないことらしい。
しかし、その代わりに本来魔力や魔法に関する方面に配分される経験値がその他の身体能力方面に割り当てられており、身体能力のステータスは同レベルの冒険者と比べても非常に優れているそうだ。
「しかし、魔法が使えないって大丈夫なんですか?」
「必要な場面が冒険していれば当然出てくるが、魔法が使える他の冒険者と組めば問題ない。基本的に冒険者は数人でパーティを組んでやるものだ」
しばらく森の中を歩いているが今のところモンスターに一切遭遇していない。
どの程度遭遇するのが普通なのか俺には分からないが、街に行くためにランカさんと森を歩いていたとき(今回いるのはランカさんが住んでいる森とは違う場所だ)はそれなりの頻度で遭遇していたはずだ。
「全然モンスターいないねぇ。なんでかなぁ」
ヒイラギさんは赤色の瓢箪で酒を飲みながら辺りをキョロキョロと見渡す。
この一週間この人が白面になった瞬間を俺は一度も目にしていない。
モンスターがいるこんな場所まで飲むなんて、よっぽど酒がないとダメらしい。
「……これが依存症か」
「へ? 何か言った?」
「いや、何も言ってないですよ」
よかった。酒のせいで耳が遠いらしい。
「ふむ。ギルドの建物が壊れて、現在は急ぎのクエスト以外は受けていないそうだからな。日銭を稼ぐためにモンスターを倒しているやつが多いのかもしれないな」
冒険者の収入はクエスト――別の街へ移動する際の護衛や、モンスターの討伐、武器や道具の作成のための素材集め等の依頼を行うことによる報酬だ。
しかし、それ以外にもモンスターの落とすアイテムを売ることでも収入を得ている。
モンスターが必ず落とす魔力の結晶は生活の必需品であり、日常生活で使われる魔法の魔力の素として使われている。俺がいた世界で言えば電気のような扱いのもののようだ。一つぐらいではたいした値段にならないが、どんなモンスターからでも手に入れることが可能なので、割りと安定した収入源になるという。
酒場の瓦礫撤去の作業中に、俺の噂を聞いた冒険者のおっさんたちが話しかけてきてくれたので、こちらの世界の事情を少しは分かるようになった。
「まぁ、お金を稼ぐのが目的で来たわけでもないから別にいいけど、こんなに出てこないとタケシくんの戦いの練習もできないね」
――バキッ! バキバキ!
その時遠くから聞こえてきたのは木がへし折られる聞き覚えのある音だった。
全身に悪寒が走り、筋肉がこわばる。
あの、豚の化け物だ。
命が終わる瞬間が目の前に迫っているあの恐怖が頭によぎる。足を怪我し、もはや逃げられない俺を嘲笑うよだれを垂らした醜い豚の顔。女神の加護を受け、あの化け物とも戦える力を手に入れたということを頭では分かっている。今俺は建物を一撃で崩壊させてしまう程のパワーを持っている。
しかしそれでも、あのとき体験した恐怖はあまりにも鮮明に焼き付いていた。
そんな俺の心境を察したのか、ランカさんは俺の肩に優しく手を置く。
「心配しなくていい。この森にいるオーク程度じゃ、今の君にかすり傷一つ負わせることはできない」
バキバキ!!
音が少しずつこちらへ近づいてきている。
地面から微かに伝わる振動で、一歩一歩こちらへあれが向かってきていることが感じられた。
「――来た。最初の相手だよ」
目の前に、あの俺を襲った豚の顔をした巨大な体の化け物が姿を表す。
俺は、バットのグリップを強く握りしめ、豚の化け物の前に立った。
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