第12話 自宅にて
結論からのべると、先輩との放課後デートは失敗に終わってしまったのかもしれない。私の質問を聞いて、「バカ」とだけ言われて先に帰ってしまった。他のお客さんが私達に視線を向けてきたけど、何も言ってこなかった。
私は何か怒らせることをしたのかな?
「ただいま」
「おかえりなさい」
お母さんの声が聞こえる。リビングに行くと、和義がソファに寝そべりながら携帯電話を操作していた。
携帯から視線を外し、少し間があってから和義は口を開いた。
「何かあった?」
私は制服のまま和義の寝転ぶソファの横に座り込む。
「私より私のことに敏感よね、和義は」
私のほうが産まれた頃から見ていたはずなのに、いつの間にか、和義の方が人間歴が長いような気がしてしまった。友達との交流も上手で羨ましい。
「ねえちゃんは、分かりやすい」
私が人になったせいで、両親は本来歩むべき道だったものとズレた世界を歩むことになってしまったのかもしれないと思う。本来なら幸せな家庭が築けたかもしれない。
私のせいでずれた歯車。次の人生では幸福が起きるように私が手をまわしておかなくちゃ。
「友達ができたと思ったの。でも恋愛に友情が勝てないのは当たり前で、それを他の人に相談しようとしたら怒らせてしまったの」
「ねぇちゃん、好きな人できたの」
ソファから体を起こし私の両肩に手を置く。ガシャガシャガシャと、キッチンの方から何かが崩れ落ちる音がした。
「藍那好きな人ができたの?!?」
包丁を片手にお母さんが顔を出してくる。人間に生まれてきた理由が、恋を知りたいからだって話したら驚くかな?
「お母さん、とりあえず包丁下ろそうよ」
「いや、ねえちゃんが好きな人いるっていうの聞いたら、みんな驚くから」
「そうよ、お父さんに連絡入れなくっちゃ。どうしよう。ご飯作ってるけどピザとかのがよかったかな」
お母さんは片手に包丁を持ったまま右往左往し始めるし、肩を握る弟の腕の力が強くなる。
「あの、私が好きになったんじゃなくて、友達が好きな人が私が好きな人に、似てるっていうか……。兎に角私が好きなんじゃなくて、友達が好きな人を優先していて私のことを蔑ろにしている感じになるのかな?」
ウサギちゃんと「愛している」という彼との三角関係になるのかな?自分ではよく分からない。
間違って伝わらないように、言葉にしてみる。お母さんは私の言葉に、ピタッと動きを止めているけど、私は包丁が気になってしょうがない。
「友達ができたと思ってたんだけど、私の勘違いだったみたいっていうかなんと言うか」
私が友人を一度も家に連れてこないことを両親は何も言ってこない。弟は連れてくるが、その時は私は大抵出かけるようにする。『変な姉』が家にいては気楽に遊べないかもしれないと、気を利かせているつもりだ。図書館や近くのカフェで時間を潰すのも、人間観察が楽しいからいいいんだけど。
「ねぇちゃんに友達・・・?何か弱みを握って仲良くしてたの??」
頭の上から失礼な言葉が降ってくる。ぐいっと寄りかかるように動いてみると、うわぁという声とともに、掴まれていた肩から手が離れるのを感じる。
「脅していないわ。失礼しちゃうわね。彼女いつも一人でいたから不思議に思って、声をかけてみたの」
正直下心がなかったかと言われたら、怪しい。
私と友人関係を繋いだとしても、青春らしいことは送れない気がする。宮本のことが気になるのならば、そっちと仲良くしたほうが、彼女の求めているものが得られるはずだ。現世でウサギちゃんと絡めないのは複雑だけど。
複雑な気持ちが私の中にある。すっごく人間らしいじゃないの。
「彼女がどうして私と一緒にいたいのか、ちゃんと確認していなかったわ。流石和義は違うわね。おねぇちゃんは感激したわ」
「藍那、もしかして学校でいじめられてたりするの?だから一度も友達を家に連れてきたこともないの?」
別に私じゃなきゃいけないわけじゃない。前世の飼い主を忘れているウサギだもの。
包丁を向けてくる。これは応え方を間違えたら私は刺されてしまうのかしら???
「いじめられてないよ。友達ができないだけ」
「……」
「……ねぇちゃん?」
少し冷めた雰囲気の声音の和義。目を合わせたら終わりのような気がしたけど、家族にこんな冷めた雰囲気を向けられたのは初めてかもしれない。
家族と仲良く暮らしていた気がしたけど、今の発言は不味かったのかな?
「今まで家に友達誰も連れてきたことなかったじゃない?呼べるほど仲良くなってないのよ」
「藍那は学校楽しい?」
「お母さん、とりあえず包丁おろさない?」
お母さんは包丁を持ったまま、私の隣に座り込む。
「藍那は小さい頃から本心をださなかったけど、本当は寂しかったんじゃない??気がついてあげられないでごめんね」
お母さんは自分の考えの淵に落ちてしまっている。どうしよう。仲良くやり方が分からなくて近づいたんだけど、その子にカウンターパンチを喰らった気分なのだ。
恋愛感情って難しいなって、知れたのは良かったのかもしれないけど。先輩も私に最終的に恋愛を教えることはできなかったから。まずは好きな人を探すと言われたけど、好きなのは、多分彼なんだと思う。でもウサギちゃんの気持ちは彼に向いているから、私は身を引くわ。
だって元々の魂は“死を司る神様”だもの。生きている時間を楽しんでいる人間の邪魔はできない。してはいけないから。
「お母さん」
私は包丁を握る手に、そっと自分の手を添える。このまま包丁を振り回されても困ってしまう。勘違いはしてほしくないけど、真実をどの程度話すのが一番なのか私にはその塩梅が分からない。
チラッと和義に視線を向ける。顔には「正直に話した方がいい」と書いてある気がした。我が弟ながら本当に、人生二週目なんじゃないかと思うくらいに、落ち着いている。
「何、藍那。お母さん、もちろんお父さんも絶対に味方だから、何でも言ってちょうだい」
「……この間初めて友達を家に呼んだじゃない?」
弟が見てみたいという理由だったけど、二人はちゃんと私の家に来た。
友達の家に来て勉強をするって言うのも、私は効率が悪いような気がしてしまた。だって、お互いに教えるよりも相手に気をかける時間が長くなっちゃうし、先生にわからないところを聞いたほうが一番いい気がしてしまう。
「私は友達っていう概念が分からなくて、一人でも気にしないの。誰かと時間を共にするのが楽しいって感じられなくて必要かどうかで考えちゃうんだけど」
お母さんの手の力が弱くなる。その隙に私は包丁を自分の手に受け取った。瞳がウルウルしてきているお母さん。この話はあんまりしないほうが良かったのかもしれない。私が普通の感覚に生まれてこなかったから、多分ダメなんだって思っている。
「お母さんの子どもに生まれてすごく嬉しかったし、家族のことも大好きなんだ。友達がいなくても私は寂しくないんだ。気にしなくても大丈夫だよ」
「でもでも、青春って一度きりじゃないの?」
お母さんはとても純粋な人なんだって改めてしまう。私が子供で生まれたから、幸せじゃないのかもしれない。
和義は黙って話を聞いている。
「一度きりだよ。人生自体が一度きりだもん。自分が一番楽しいって考えられるところを大切にしたいって考えるのじゃ、だめかな?」
「藍那……」
ポロポロと涙を流しているお母さん。これは伝えないほうが良かったのかな。
コツンとお母さんのおでこに自分のおでこを当てる。
「私はお母さんの子どもで幸せなの。それがあるから一人でも寂しくないの」
「ありがとう、藍那」
しばらく泣いていると、お母さんは涙を指で拭う。
「ご飯の準備続きしてくるね」
「うん。いつも美味しいご飯ありがとう」
包丁をお母さんに返し、ふうっと私は胸を撫で下ろす。誤解されずに伝えられたかなって思いながら、私は後ろから圧をかけてくる視線に意識を向ける。
「何か言いたいことがあるのかな、和義」
「ちなみにねぇちゃん、この間テスト勉強をするために友達を家に呼んだって聞いたけど、誰が言い出したの?」
「私が言い出すように見える?」
「それもそうだよな」
弟は人間として生きていて十数年なのに、両親よりも先見の目がある気がする。他人の話をうまく聞くことにたけているし、何より、聞き上手。
来世生まれ変わるなら、生まれ変わらせないで、私の右腕として一緒に仕事をしたいわ。
「むしろ普段の姿から、弟がいるように見えないみたいって言われたの。これはどういう意味かしら?」
「そのままの意味じゃないかな?普通に考えて、家族がいそうにも見えないって友達に言われたことあるんだよね」
「それは褒めてないわよね?家に来た友達が言っていたのかしら?」
「ねぇちゃん美人だから余計に誤解されやすいんだよね。俺も正直困るんだ。前に女神の降臨ダァって言われたことがあったりするし」
そんな話が出ているなんて全然知らなかった。弟の邪魔にならないように気をつけていただけなんだけど、女神って言われるほど美人ではないような気がしているんだけど。
「ねぇちゃんは確かに昔から変なのは理解しているつもりなんだけど。多分みんながソレを分かってくれるわけでもないし。友達になった子自体も友達少ないとかの理由があったりする?」
「なんで分かったの?」
「ソレなら、その子に何も言わないほうがいいよ。ねぇちゃんみたく強い人ばっかりじゃないから」
声を抑え気味で言っているのは、和義なりの気遣いのような気がした。私が独りでいると感じたお母さんは心から心配してくれている。その優しさが嬉しくもあり、根本的に自分が人間になり切れていないと毎回思い知らされる。
肉体だけがヒトを模していて、心は神様だから俯瞰して見てしまう。営みを健気だと思いながらも、一人という現実を受け止められない人間の性が分からない。
和義の方に向き直り、真っすぐ彼の瞳を見つめる。愛を囁いてくる彼とは違うけど、この子も真っすぐな子だから、私はきっと愛しいと思ってしまうのかもしれない。
人間が考えるちゃんとした「愛しい」とはズレているかもしれないけど。
「私は強いのかしら。ただ他人の感情に対して、ちょっと鈍いとは思っているけど」
「その鈍いが一般的じゃないって言うんだけど、どうして俺のがねぇちゃんに詳しいんだよ」
真剣な言葉。私に嘘はついていない。ありきたりな言葉でまとめるにはそれ以上の観察眼をもって生まれた弟。本当に来世も人間に転生させるのが惜しい存在だわ。私の右腕として魂を確保しておきたい。
「和義は、本当に優しい子に育ったわね」
「ねぇちゃんに言われると複雑な気持ちになるのは、どうしてだ??」
ジト目になって私を睨みつけてくるけど、本気で私のことを嫌いという訳じゃないから、揶揄いたくなってしまう。
人間として生き始めて「大好き」という言葉を知った。昔そばにいてくれたウサギちゃんんのことは、きっと大好きなんだと考えてたけど、遠い所にあると分かった。
本当を知ってしまうと、偽りが見えてくる。
では、彼に対する私の気持ちは、どこまでが本物なのかな。宮本と九条が仲良くしていても嫌だと感じているのかな。胸に手を当ててみても答えは聞こえてこない。家族と一緒にいた方が、私の気持ちを代弁してくれる気がしてきた。
長い間一緒に生活をしてきたからこそ、他人という色眼鏡が入っていないから真摯に向き合ってくれている。
普通だったら「変な人だから関わりたくない」の距離を置くはずなのに、家族だからそれができない。見捨てられることがあってもいいはずなのに、両親は私と和義を平等に愛してくれている。和義も「ねぇちゃん」と呆れるときもあるけど、基本的には私のことを気にかけてくれている。
本当にいい家族に恵まれている。こんな幸せでいいのかな。
「和義は私の弟なのに、滅茶苦茶しっかりしているからいけないのよ」
「こんな俺でもねぇちゃんに比べられて悩んだ時期だってあるんです」
口を尖らせる姿が可愛いなと思いつつ、私のせいで弟が悩むことがあったなんて不覚。
「私聞いていないわよ」
身を乗り出して詳細を聞き出そうとするけど、和義は一瞬口元を抑えながら視線が左右に揺れる。言うつもりが無かったのなら、深追いしては嫌われてしまうと思いなおしたとき、和義は口を開いた。
「ねぇちゃんいつも冷静だろ?泣かないし笑わないし。滅多なことで怒らないから、皆が自然とねぇちゃんのことを特別視してたんだ。勉強もやる気がないだけで、やればもっと上目指せたろ」
嫉妬、妬み、そんな感情を向けられてたなんて感じてなかった。全くゼロで生まれる、記憶が無かったら尊敬される人間ではないかもしれない。和義がベビーベッドから落ちたときは、私が記憶を保持していなかったら救えなかった。
「和義は買いかぶりすぎ。私は普通のJKよ」
そう、人生に一度しかない貴重な時間を生きている。死神には性別はなかったけど、私は女性よりの性質を持っていたのかもしれない。
「なんだよ、JKって」
「事実じゃない。そうよ、華の女子高生!!とてもいい響きだわ」
子どもの頃テレビで見たことのある女子高生のイメージとは全くかけ離れているけど、嘘ではない。
「ねぇちゃんが言うと、嘘っぽく聞こえてくるのが不思議」
表情が柔らかくなる和義。劣等感なんてもの私に対して抱く必要ないのに。私は特殊なのだ。規格外と言った方が分かりやすいかもしれない。
実は死神で、社会科見学に人間界にやって来ましたと言えればどれほど生きやすいか。時々考えてしまう。
滅多に動かない表情筋が和義の言葉につられ、動く。笑顔を作るのが苦手なわけではない。笑うタイミングが分からないのだ。
十数年じゃ、何も理解できない。解明できない。
そんな中、人間は短い生涯を全力で駆け抜ける。見習いたい能力だなって思ってしまった。
「私だって人間なんだよ、一応。完璧人間じゃないからね」
ふふって、声が出て笑ったのはいつ振りだろう。自分でも久しぶりだなって考えていたらバッと立ち上がった和義はポケットから瞬時にスマートフォンを取り出し、私に向ける。
「……お母さん!!!!ねぇちゃんが笑った」
叫び声と共にパシャっと音が聞こえ、キッチンの方からまた、ガチャガチャという音が聞こえてくる。
「和義しっかり、写真におさめておいて!!お父さんに見せてあげないと」
人が笑っただけでこんなにも騒げる家族。温かみがあると言えばいいのか、実は私のことを珍獣扱いしていると怒ったほうがいいのか考えてしまったけど、家族が大切なんだなって改めた瞬間だった。
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