第21話:最後の授業\おわりのあいさつ、伝えたいこと

 ステラが泣き終わった後、急に素に戻ったのか僕を突き飛ばすように離れた。

 顔はまっ赤だった。僕もそうだったろう。

「す、すみません。取り乱してしまい……」

「あ、その僕こそ……」

 顔を見るのが少し恥ずかしい。

 なんとなく沈黙の時間。だから僕は空を見上げた。

「すい星が、離れて行くみたいだね」

「そうですね。たぶん元の軌道に戻るのでしょう」

「そっか……」

 なんとなく二人ともその先を言えなかった。

 星の危機は解決した。すい星は離れていく。なら、あとにくるのは。

 ちょっとだけ、胸が苦しくなる。でもまだ今じゃない。

「戻ろうか」だから僕からそう言った。

「はい」

 僕は先に立ち上がると、ステラの手を取って起き上がらせた。

 星鏡の扉はまだそこにあった。

 僕とステラは手をつないだまま、扉をくぐりすい星に戻っていった。

 

 すい星側の扉の前には、トラウムが待っていた。

 トラウムは今までにないほど、真面目な顔をしている。

 そして大きく頭を下げた。

「星太くん。本当にありがとう。僕はステラを助けることだけに必死だった。なのに僕が無理矢理連れてきた君は、ステラの心だけじゃ無くてこの星そのものを救ってくれた。どれだけ感謝してもしたりない」

「いいよ、そんなに謝らなくても。うそつかれていやな気もしたけど、トラウムが真剣なのもわかったし、なにより楽しかったからね!」

 それは僕の本音。だってこんな大冒険、他の子は絶対したことない!

「そういってもらえるとうれしいです。星太くんは本当に強くてやさしい子だ。あなたとつながれたのは、本当に奇跡のような出会いです。ありがとう」

「ううん、楽しかったよ。遠くから見るだけだったすい星にもこれて、学校にも通えた。すてきな冒険だったよ。こんなすてきな友達ができるなんて思っても無かったからね」

 僕はステラを見る。ふいっと目をそらしかけたけど、もう一度僕をまっすぐ見た。

「そうですね。ええ、その正直に言いまして、星太さんと出会えて本当によかったです。私にとって最高の友達になったといってもいいでしょう」

「ふふっ」

 その言い方がステラっぽくて笑ってしまった。お姫様って難しいね。

「何を笑っているのですか、もう!」

「なんでもないよー」

「二人がこんなになかよくなってくれるとは。ねらい以上の結果になりました。……でも、伝えなければならないことがあります」

「……お別れしなくちゃならないんだよね」

 僕はなんとなくわかっていた。

「そうなのですか……? せっかく出会えてなかよくなれましたのに。もっと話したいことがたくさんありますのに」

「すい星が元の軌道に戻りましたからね。このあとすい星トラウムは、青い星から離れていきます。そうしたら、星鏡の扉はもうつなげなくなってしまうんです。すみません」

「そんな、もうお別れなんて……」

「またつなげたりはしないの?」

「いつか軌道が青い星に近づいたときなら、可能性はありますが遠い未来の話でしょう」

 ステラは黙り込んでしまった。

「……さみしいな。クラスのみんなともなかよくなれたのに。いつまでいられるの?」

 それも心残りだった。学園の暮らしは本当に楽しかったから。

 胸の奥にほんの少しのいたみを感じる。ギュッとするような、せつなさ。

「そうですね。明日までは大丈夫でしょう。そうだ明日最後の授業をしましょう」

「そうだね。みんなにもあいさつしないと」

「今こんなことを言うのも何ですが、星太くんあなたを選んでよかった。この星に生まれた私の一番の仕事かもしれませんね」

 トラウムはじょうだんめかして言う。その言葉が本気でうれしかった。

「いくらでも話していたいですが、今日はこれくらいにしましょう。明日また呼びに来ます。あいさつを考えておいてくださいね」

「うん、わかった」

「あの、星太さん……」

「なに?」

 ステラが何か言いたげだったけど、そのままうつむいて黙ってしまった。

「いいえ、それではまた明日」

「うん、また明日ね!」

 僕はそうして星の危機を解決した。明日は最後の一日になるんだろう。

 どんなことが起こるのだろう。どんな思い出を残すのだろう。

 そして、何を残せるのだろう。


 次の日の夜、僕はなんだか不思議な気持ちだった。

 待ち遠しいような、きてほしくないような、あべこべの気持ちがいっしょにある。

 最後の星への旅。ほんの数日だったけど、なんていろいろなことがあったんだろう。

 それも今日でおしまい。

 なんだか、すごく長い時間だった気がするのに思い返せば一瞬だ。

 そして、眠気がやってくる。最初はおどろいたのに今ではなれたものだ。

 眠りに落ち、目を開けるとそこにはトラウムがいた。

 最初のときと同じ笑顔なのに、不思議と別れの時を感じさせた。

「やあ、星太くん。よく眠れましたか」

「おかげさまで。こうやって目が覚めるのもこれで最後なんだね」

「星太くんには、本当にいろいろなことをさせちゃいましたね」

「ほんとだよ」

 僕とトラウムはそういって笑いあった。

「さて、いきましょうか」

 星鏡の扉はもうそこにあった。

「うん、いこう」

 僕は星鏡の扉に手をかけて一気に開ける。

 まぶしい光が目に飛び込んでくる。

 次に見えたのはすい星トラウムの景色。そして、すい星学園の校舎。

 僕がこの夏、少しだけ転校生になった学校だ。

 見上げればガラスのドームと星でいっぱいの空。その中に大きく輝く青い星がある。

 星の軌道が戻ったせいか、少しだけ昨日よりも遠い。

 僕はあそこから来てるんだよなあ。こんな経験もうできないだろうな。

 僕のいる星はあんなにきれいですてきな星なんだ。絶対忘れないようにしよう。


 僕とトラウムは歩き出す。

 正門をくぐり、きれいに整えられた庭を見ながら石畳の道を歩き、玄関を通る。

 階段を上って教室に向かう。今日はトラウムもいっしょにだ。

 ふとトラウムが僕の顔を見た。

「転校生活はどうでしたか?」

「楽しかったよ。他の星のことを直接勉強できるなんて思わなかった」

「そうですか。それはよかった。私の計画のためにむりやり学んでもらいましたが、よろこんでもらえたなら安心です。実は先生の仕事はステラの代からはじめたことでして、あまり自信が無かったのですよ」

「面白かったよ。トラウムは先生向いてると思うな。これからもやってみるといいよ」

 正直な気持ちを言う。どんな裏があったとしても、この教室は楽しかったから。

「そうですか。星太くんにそう言ってもらえるとうれしいですね。それなら、もう少しがんばってみますか」

 そういって、トラウムはにっこりと笑った。

 ろうかを歩くとすぐに教室に着く。

「さあ、どうぞ」

 トラウムにうながされてドアを開ける。


 ――パチパチパチパチパチパチパチ


 教室に入った僕を出迎えたのは割れんばかりの拍手だった。

 教室のみんなが立って僕をでむかえてくれていた。

 おどろいている僕に、みんなが口々に声をかけてくる。

「今日まで楽しかったよ」「さみしくなるな」「またきてね!」

 かべにはディスプレイのところに、ぎっしりとたくさんの文字が書かれている。

 僕には読めないけれど、きっと僕へのメッセージなんだろう。

 あまりのおどろきに僕はただ立ち尽くしていた。

「いつまでそんなところにいるんですか? 主役は真ん中にいるものでしょう」

 やさしい声がした。窓際の席を見ると笑顔のステラがいた。

 僕は夢の中にいるような気持ちのまま、教室の最前列の真ん中まで歩いた。

 たった、数日なのに。ほんの少しの間、いっしょにいて話しただけなのに。

 ただ、同じ部屋で授業を受けただけなのに。

 涙が出そうになる。うれしくて泣くことがあるなんて思ってもいなかった。

「星太くん。君はたったこれだけの間でずいぶんと、この教室にとけこんだようだ。なるほど、学校っていうのも悪くないものですね」

 トラウムがぽつりと言った。

「さあ、星太くん。みんなに一言お願いします」

 トラウムにぽんと背中をたたかれる。

 少しの間言葉がまったく出てこなかった。

 何を言ったらいいのだろう、今の気持ちをなんて言ったら伝わるだろう。

 でも、最後に言いたかったのはこれだと思った。

「みんなありがとう! この教室に転校できてうれしかった。この星が大好きです!」

 言い終わると同時におじぎをする。

 また教室中から拍手が雨のように降ってきた。

 ああ、冒険にあこがれて、事件解決のためだけに入った教室なのに、こんなにすてきな思い出になるなんて思わなかった。

「さあ、最後の授業です。今日のテーマは『青い星について』。先生はこの星太くんです。よろしくお願いしますね」

 トラウムがいたずらな顔をしている。

 一瞬僕は何を言っているのかわからなかったが、

「えっ? えええええええええ!? 僕が先生!?」

「ええ、こんなすてきな機会は他にないですからね。これまではこの星のことを星太くんに教えてきたんですから、今度はこの教室のみんなに星太くんが教える番でしょう」

「そ、そんなあ」

 いやいや、何の準備も無しに、いきなり何を言えばいいのさ!

 僕がめちゃくちゃに困っていると、ステラが立ち上がって言った。

「私に話してくれたようにみんなにも伝えてあげてください。私はあの話楽しかったですからね。先生なんてかしこまらずに、星太さんの話を聞かせてください」

 ステラの顔もどこかいたずらだ。ステラにまで言われちゃしかたない。

 顔を両手でぱんっとたたいて気合いを入れる。

「じゃあ。僕の話せることだけだけど。がんばってみるよ」

「いいぞ星太先生!」「がんばって!」「わたしききたいことがあるの」

 教室は大さわぎになった

「それじゃあ、まず青い星が何で青いかって話から……」

 僕にとっての最後の授業は、こんな風に楽しさの中で終わっていった。

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