死神。

優午

死神

「僕は死んでしまったようです、死神さん」と、少年は言う。 

 黒いローブに白い仮面、背中に大きな鎌を携えている、いかにも我々人間が思い浮かべるような死神の姿に、少年は冷静さを保ちながらも興味を示していた。


「本当に存在するのですね、死神は」


 白い床、青い小春空、現実味のある空とは裏腹に『ここは己の知る世界ではないぞ』と、死神の背後に建つ純白の大扉が告げている。


「本当にお前らは、我々を死神と呼ぶのだな」


 文字を一つ発する度に、死神の被る白い仮面が小刻みに上下する。


「私ははなはだ疑問である。なぜ死を招く者を死神などと、神の威を借りた名で呼ぶ?」


 少年は沈黙を一つ。


「威、ということは、死神さんは神様よりすごいヒトではないのですね」


 まだ あどけなさ が残っている声、言葉、それが矢となり、弦音つるねのような音を立てて死神に刺さる。

 死神は背に建つ大扉を鎌の背でコツンと叩いた。すると大扉はゆっくりと、音を立てながら動きだす。扉の向こう側には何があるのかと、少年は一人でに動く扉の向こう側を凝視する。死神は鎌の持ち手で少年の体をつついた。


「この扉の先へ行け」


 扉の先には黒々とした空間が広がり、下へと続く紺色の階段が佇んでいる。

 この白い空間に、扉がぽっかりと穴を開けてしまったように見える。

 「この階段を下ったら、地獄ですね」と分かりきったように少年は言う。死神は何も答えない。

 「ひとつ、願いを聞いてはもらえませんか」と、少年は扉から目を離さずに言った。


「この先が地獄かは知らんが、聞いてやろう」

「意外と優しいのですね。僕が死んだあと、あそこがどうなっているか、ほんの少し見てみたいのです」


 少年はそう言いながら、人差し指で己の足元を、下をさす。


「……行きたければ行けばいい。その場所は、この扉を下った先だ」

「その先は地獄でしょう。僕が言っているのは、死ぬ前に僕がいた場所を見てきたいと言っているのです」

「そんなことはわかっている。お前が指さしている通り下だ。階段を下れ」


 死神は、持っている鎌の持ち手を、床に思いきり叩きつけた。


「気が済んだら、すぐに戻ってこい」


 少年は扉の縁に手を掛けて、死神の方へ振り向く。何を言うまでもなく、少年は独り、階段の奥へと下って行った。

 少年の足音が聞こえなくなった頃、死神は扉を閉めてしまう。


「時が流れたら、私が彼を迎えに行こう」


 死神は青空を見上げ床に寝転ぶ。そのまま鎌に守られるように、眠りについた。

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死神。 優午 @Yougo428

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