異世界ダンジョンの葬儀屋

ちびまるフォイ

死体から死を伝える

「ということで、しばらくお世話になるッス!」


「うん~~。私の仕事って知ってるよね?」


「はい! ダンジョンの葬儀屋ッス!」


「なら話ははやいか~~。でも危険だから、私から離れないでね」


「ッス!!」


葬儀屋は仕事用の黒い服に身を包んでダンジョンへと向かった。

今回は見習いのひよこを1人かかえて。


「先輩」


「なに~~?」


「先輩ってむっちゃ強いんッスね……。

 普通に冒険者やったほうがよくないッスか?」


ダンジョンの最奥で眠る痛い回収のため、

葬儀屋はモンスターはびこる魔窟を歩くわけだが。


この葬儀屋に関してはバカでかい棺を抱えるハンデを負っても

なんらモンスターを寄せ付けない戦闘力の高さがあった。


「私はこんなだから~~。

 あんまり冒険とかは攻略とか、

 そういう上昇志向とは合わないのよ」


「もったいないッスよ」


「強い人がみんな冒険者になるべきってわけでもないしね~~。

 あ、いたね」


葬儀屋が指差す場所。

ダンジョンで命絶たれた冒険者の遺体があった。


それを持ってきた棺に入れて丁寧にととのえてからダンジョンを引き返す。


そのまま最奥のボスを倒してしまえば、

こんな葬儀屋なんかよりも多額の報酬がもらえるというのに。


棺を持ち帰ると変わり果てた息子を見た母親は号泣。

そして、葬儀屋に感謝を何度も述べた。


「ありがとうございます……。

 もしあなたがいなかったら、息子はきっとダンジョンで魔物に荒らされ

 こうして顔をまた見ることもできなかったでしょう」


「いいえ~~。では私は次の仕事があるので~~」


葬儀屋はまた次の依頼をうけてダンジョンへと潜る。

道中で見つけた依頼者の遺体を棺に乗せて、また戻る。


そんな過酷なダンジョン・シャトルランの繰り返し。

けれど浴びせられるのは感謝だけではなかった。


「ああああ! 娘が! なんてことに……!!」


「ダンジョンのトラップ付近で発見されました。

 お気の毒ですが、きっと罠にかかったんでしょう」


「うそだ!! 娘が! 本当はお前らが殺したんじゃないのか!!」


これには弟子がすぐに反論した。


「冗談じゃないッスよ!! そんなことするわけ無いッス!」


「葬儀屋なんて死体がなけりゃ稼げねぇ。

 本当はお前らが娘を殺して持ち去ったんじゃないのか!!」


「あんた言って良いことと悪いことがあるッスよ!!」


「まあまあ~~。ふたりとも落ち着いてくださいな」


「でも師匠!」

「依頼は完了。それでいいじゃない~~」


危険なダンジョンにわざわざ行って戻ってくれば罵声。

それなのに葬儀屋はあいかわらずのゆるい感じのままだった。


もし自分が見習いから卒業できたとしても、

待っているのは賛美や感謝ではなく、罵倒や非難なのかもしれない。

弟子は少しの不安を感じた。


次の依頼が来た。


「次は~~。ダンジョンに入って戻らない息子の捜索、かぁ」


「師匠」


「なに~~?」


「今度は自分がひとりで行ってみていいッスか」


「危ないよ~~。どうして?」


「自分、まだ見習いッスけど、この道でいいのかを確かめたくて。

 ひとりで葬儀屋として仕事して気持ちを確かめたいんッス」


「う~~ん……」


葬儀屋は相変わらずのゆる渋い感じで快諾こそしなかったが、

弟子はひとり行くことを決めた。


ダンジョンに棺を担いで入るのは初めてだった。


「師匠はこんなのを持ってたんッスか……!」


大きく動きを制限される棺。

それだけでなく遺体用の死に化粧道具。


ただダンジョン攻略にフルスイングできる冒険者より

変に気を使いながらダンジョンを進む葬儀屋のほうがずっと厳しい。


ダンジョンも最奥にさしかかろうとしたときだった。


「あれ……?」


依頼書の人相書きと見比べる。


ダンジョンの壁にもたれて休んでいる冒険者は、

遺族から回収依頼のあった冒険者だった。


「い、生きてるッス!?」


「だ、誰だ……」


「葬儀屋ッス。あんたを回収しにきたんッスけど」


「バカ言うな、死にかけかもしれないが……死んじゃいない」


「みたいッスね。でもそれじゃこれ以上の進行は自殺行為ッスよ、帰りましょう」


「ふざけるな、ここまで来て帰れるか」


「しかし……」


「ここで戻ったらどうなる。逃げ帰ってきたと親に笑われ。

 冒険者からは弱虫と言われるだけだ」


「命あってのものだねじゃないッスか」


「命があっても生きていけない人生だってある。

 なあ、あんた。そこそこ強いんだろう? 葬儀屋なんだし」


「なんの話しッスか?」


「あんたが協力してくれればきっとボスも倒せる。

 葬儀屋なんかやめて、一緒に冒険者としてここを攻略しよう。

 報酬は山分けだ。悪い話じゃないだろう?」


見習いは言葉に詰まった。


このまま葬儀屋を続けて遺体を持ち帰っても感謝されない日常。

一歩すすめば冒険者として一攫千金の可能性がある。


どちらを選ぶか。


「自分はーー」


言いかけたときだった。



「やあ、おふたりさん~~」



「し、師匠!?」


師匠が棺をかついでやってきた。


「今回は自分ひとりでやらせてくれっていったじゃないッスか」


「そうだね~~。でも今回は別件なんだよ」


「なんだてめぇ。こっちは冒険で忙しいんだよ!」


「もう1週間も家に戻らずダンジョンにこもってるのに?

 身も心もボロボロ。魔力も尽きてなおボスに挑むのかい?」


「俺の勝手だろ!!

 ここで手柄をあげさえすればみんな俺を認める!

 うだつのあがらない人生も終わるんだ!」


「それのなにが問題なの?」


「俺は冒険者なんだ! 認められるのを求めて当然だろ!

 きっと両親も英雄となった俺を誇らしく思ってくれる!!」


「そう……」


葬儀屋は持ってきた棺を整えてから、そっとフタを開けた。


「〇〇村に魔物が襲撃した話は~~……しってる?」


「俺の故郷……それがどうした」


「あんたが帰らないのを心配したお母さんは依頼を出した。

 でも行き違いになるといけないからって村に残ったんだ」


「はあ……?」


「村の人達はみんな避難したんだ。

 でも母親はあんたの帰りを待つために村に残った。それで~~……」


「おい……まさか」


「依頼だけは残ったまま、魔物に襲われた。

 私の仕事はあんたを回収することじゃない。

 回収した遺体をあんたに見せるためにここへ来たんだよ」


「そんな……」


棺に収まる母親を見て冒険者は言葉をなくした。

もし自分が英雄を夢見てダンジョンへとこもらなければ。

魔物に襲われた村を救えたのかもしれない。


「私の仕事は遺体を持ち帰る仕事だよ。

 でも、生きてる人のもとに持ち帰らなくちゃいけないんだ」


弟子は自分の依頼者がすでにいないことを知り、

依頼書をそっと握りつぶした。


そして冒険者を連れてダンジョンをあとにした。

帰り道で弟子は話した。


「師匠……自分、まだ葬儀屋続けるッス」


「そう~~。なにかあったの?」


「命の大切さを伝えるのもこの仕事なのかなって思ったんッス」


弟子の顔はどこか誇らしかった。

師匠はその返答に笑ってやった。


「お互い死なない程度には頑張ろうね~~」


「師匠はもっと真面目にやってくださいッス」


二人は次の葬儀へと向かった。

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