第58話 なんか変な人間がいるううう!



「ドラゴンを屠った英雄、なんてちやほやしていたのに、俺が不死だと分かったとたんに襲われたよ。異質なものを排斥するために攻撃してきた連中もいるが、あの時殺した仇の言っていた通り、不死になろうと俺の秘密を暴こうと拷問もされたさ。はぁ……」

「……そう」


 深いため息をつくメドラに対して、メビウスはひどく冷めた声音で反応する。

 そもそも、反応したくもなかった。面倒くさい。


 他人の不幸話を聞いて、愉快になるはずもなかった。

 そんなメビウスの反応を見て、思わずメドラは失笑する。


「別に同情してもらおうなんて思っていなかったが、随分と薄い反応だな」

「同情した方がよかった?」

「いや、そんなのもらってもまったく嬉しくねえな。俺が欲しいのは、死だけだ」


 空を見上げる。

 自分が竜の巣を襲撃し、襲ってきた名残か、各地から上がった煙が伸びていた。


「俺はもう疲れたよ。早くゆっくりしたい。妻と子供の元へ行きたい。だが、不死になったから、それができない。廃人になれば、ドラゴンの呪いから解放されるらしいが……なろうとしてなれるものでもねえしな」


 廃人になれるのであれば、さっさとなって命を絶っている。

 それができないからこそ、このようなことを続けてきたのだ。


「だから、俺を不死にしたドラゴンなら、俺を殺すことができるかもしれない。ずっとそう思って、俺はドラゴンを相手にして……屠ってきた」


 不死になった理由はドラゴン。

 ならば、その原因ならば、自分を殺せるのではないか?


 そう思って行動してきた300年だった。

 そんな彼に、メビウスは白い眼を向ける。


「……はた迷惑。それ以外にない。あなたの欲望のために殺された私の両親は、何だったの?」

「俺からすれば、お前らドラゴンが俺の村を焼いて、妻と子供を殺さなかったら、こんなことにはなってねえんだよ。……どっちにしても、お互いが許すことはできない。そんなこと、分かっているだろうが」


 ギロリとにらみ合う二人。

 お互いが、お互いの言い分がある。


 メビウスからすれば、いきなりやってきて両親を殺し、今もまさに自分を殺そうとしていることを許せない。

 メドラからすれば、そもそも自分が不死になった理由も、ドラゴンが大切なものをすべて奪ったからである。


 ここで議論しても、決して交わらない平行線である。

 それが分かっているからこそ、メドラはため息をつく。


「まあ、いいさ。お前と戦って、よくわかった。ドラゴンじゃあ、俺を殺すことはできない。いや、俺は死ぬこともできないんだろうさ。よくわかったよ……はあ」


 希望は潰えた。

 自分が死ぬのは、それこそこの世界が終わるときだろう。


 それまで、地獄の苦しみを味わい続けるのだ。

 いや、こうしてすべての希望がなくなったからこそ、廃人になることができるのではないだろうか?


 そうすれば、ドラゴンの呪いも解けるだろうか?

 ……それは、後で考えよう。


「だから、俺がドラゴンを殺すのは、これが最後だ」


 ドラゴンが自分を殺せないことは分かった。

 だから、この竜の巣を滅ぼして、終わりにしよう。


「私は、あなたなんかに殺されて……!」

「両親と同じとこに送ってやるよ、ガキ」


 メビウスは抗おうとするが、メドラはそれを許さない。

 身動きの取れない竜の首を落とすことなど、たやすい。


 やはり、こうなったか。

 メビウスの心中には、そのような思いがあった。


 諦めずに抵抗したが、今までずっと諦めて、死ぬことを受け入れていた。

 今更抗おうなんて、ムシの良すぎる話だったのだ。


 だが……これで、死んだ後も、胸を張ることができる。

 両親に会っても、『自分は最後まで戦って死んだ』と、報告することができる。


 それは、メビウスにとって悪いものではなかった。

 どこか清々しさすら覚えながら、死を受け入れようとして……。


「――――――ッ!?」


 それ以上の殺意が、二人の身体にまとわりついた。

 とっさにメドラが逃げ出せたのは、300年の経験故だろう。


 その直後、彼のいた場所に剣が飛んできた。

 そう、文字通り飛んできたのだ。


 まるで大砲のごとく破壊力のある投擲は、地面に着弾するとすさまじい衝撃とクレーターを作り出す。


「黒い剣……!」


 突き刺さる、見るだけで背筋が凍り付くような悍ましい黒い剣。

 メビウスは、それを見たことがあるし、その持ち主のこともよく知っていた。


【少し、待ってもらえるか? それを殺されるのは、困るのだ】


 ガシャッ、ガシャッと重たい鉄の音が響く。

 そして、すべてを深淵へといざなうような、冷たく重たい声。


 聞く者に恐怖と絶望を与える、最強最悪の騎士が、姿を現した。


【なにせ、まだ私にとって有益なものなんだからな】

「なんだ、お前?」


 絶望を身にまとった、悪の象徴。

 魔王軍最強の男にして、人類最大の敵が、姿を現した。


「……暗黒、騎士」


 メビウスはその男を見て、ポツリと名前を呼ぶのであった。


「(なんか変な人間がいるううう!!)」



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