第45話 ダメだ。逃げよう
「魔族だ! 魔族が出たぞ!」
人間たちの怒声が聞こえてくる。
あわただしく動く奴らに、俺たち三人はゆっくりと近づいている。
歩いて敵の軍隊に向かって行く姿は、どのように映っているのだろうか?
強者ゆえの自信? 頭のネジがぶっ飛んだ狂人?
どうでもいいけど、怖すぎる。
鎧さんが人間程度に負けるとは思わないが……。
平均的には弱い生物である人間だが、時たま突然変異と呼べるような化物が生まれる。
意地汚さの化物であるフラウしかり……。
戦闘能力に特化した化物がいたらどうしようと、俺はドキドキである。
「たった三人だと? 罠か?」
「伏兵がいる可能性もある! 気をつけろ!」
「三人で俺たちを倒せると思っているのか? 舐めやがって……!」
あまりにもゆっくりと近づいてくるからだろう。
人間たちは攻撃を仕掛けることなく、どうすればいいのか迷っているようだった。
まあ、俺たち三人だけだったので、発見できたのが少し遅れていて迎撃準備に手間取っていたということもあるだろうが……。
なんで正面衝突なんですかねぇ……。
寡兵が真正面から突撃するとか自殺行為以外のなにものでもないと思うんですけど。
まあ、突撃するのはフラウとメビウスなんですけどね。
おら、行け無能ども。
俺に楽をさせろ。
「じゃ、よろしく」
【は?】
と考えていたら、メビウスからとんでもないキラーパスが飛んでくる。
おかしいな。俺、言語がこいつらと一緒のものを使っていたっけ?
思わず、素で応えてしまったではないか。
「四天王メビウス様もそうおっしゃっているんだ。さっさとしろ、暗黒騎士」
にんまりと笑いながら、フラウが言ってくる。
俺の方が地位は高いんだけど!?
だいたい、お前が他人を様付けで呼ぶなんて……よくあることだな。
自身の命の危険をチラつかせられたら、何でもするのがこの女だった。
【ふん、私が出るまでもないな】
「なにっ!?」
だが、フラウよ。
お前は致命的なミスを犯した。
俺に押し付けようとしたのは、小賢しいと称してやろう。
だがなぁ……話させたらダメなんだよぉ!
【ちょうどいい遊戯をしよう。私が貴様らを圧殺することは容易であり、あまりにも予定通りでつまらん。戦いには、悲劇が必要だ】
「何を考えている……?」
問い詰めるように尋ねてくるのは、帝国軍……ではなくフラウ。
それ、普通聞くのは人間側だと思うんですけど、フラウさん。
一応、お前こっち側なんだからな?
【私の他の二人は四天王だ。そして、こいつは少々特別でな……】
指さすのは、メビウスではなくフラウをである。
俺は兜の中で、満面の笑みを浮かべた。
【人間でありながら、魔王軍に与し、貴様ら人類を根こそぎ断絶することを誓った戦士だ】
「!?」
「なっ……!?」
驚愕する帝国軍……そしてフラウ。
ふっ、バカめ。
俺を陥れようなど、百年早い。
陥れるのは俺であり、陥れられるのはフラウ……貴様だ。
「ま、まさか、裏切り者が……!」
人類は、いくつかの国に分かれている。
国家間同士のいざこざもあるだろう。
だが、人類共通の敵として存在しているのが、魔族である。
国家間の垣根を超え、手を携えて団結するのは、魔族が相手の時だ。
だからこそ、そんな魔族に与した人間を、奴らは許すことができないと考えた。
そして、そんな俺の予想は……。
「人類を裏切った人類の大敵だ! ここでつぶせ!」
『うおおおおおおおおおおお!!』
見事に的中した!
帝国軍が一斉に襲い掛かるのは、俺とメビウスではない……フラウだ!
「暗黒騎士ぃ! 絶対に許さああああああ……!!」
振り下ろされる剣を受け止めながら、フラウが俺に向かって怨嗟の声を張り上げる。
よし、完璧だ。
これで、数百人の軍人vs.フラウという構図になるんですね。
白熱した戦いになりそうで何よりだ。
ポップコーン作ってもらっていい?
なんてことを考えていると、キラキラと光るものが俺に向けられていた。
それは、帝国軍魔導士部隊の魔力だった。
「貴様もここで終わりだ、暗黒騎士! 魔王軍最強の貴様を殺せれば、人類と魔族の戦力バランスは大きく傾くことになる。撃てえ!」
どうやら、帝国軍はフラウだけではなく俺の命も欲しいようだった。
どうして……。俺は何もしていないのに……。
いくつもの魔法攻撃が、俺に向かって放たれる。
近接戦闘ができる者はほとんどフラウに向かっているためだろうか?
……というか、あれだけの数と切り結んでいられているフラウてって本当なんなんだ……。
【ふん】
そんなことを考えている間にも、鎧さんが勝手に動いてくれる。
降りかかるいくつもの魔力弾。
鎧さんは、それを横に剣を振るうだけで霧散させてしまった。
さらに、それだけでは終わらず、返す形でもう一振り。
すると、斬撃が飛んでいき、パッと魔導士たちの身体から血が噴き出して倒れ込む。
「……しまった。この程度だと、見極めにもならない。残念」
爪を噛みつつ、何やら後悔している様子のメビウス。
これ以上強い奴を俺にぶつけようとするなよ。
死ぬぞ? 俺が。
「うおおおお! 裏切り者めぇ! ここで成敗してくれる!」
「ちがっ……! 私だってなぁ、生きるために仕方なくだなぁ!」
俺に迫っていた人間たちは、再起不能にすることができた。
そのため、今は袋叩きにあっているフラウを高みの見物することができるのだ。
素晴らしい……。お酒があったら、とてつもなく進んでいたことだろう。
まあ、飲めないんですけどね。
この兜、取れないんだもん。
しかし、鍛えられた軍人何十人を一斉に相手していて、それでも一切ダメージを受けていないのは、凄いを通り越して怖い。
あいつ、あんなに強かったのか。
めちゃくちゃ汗を流しているが……。
うーむ。殺されることはなさそうだが、逆に言うと勝つこともできなさそうだ。
そこで、俺はちょっとした嗜虐心から、こんな提案をしてみる。
【これからも私のために尽くすのであれば、手助けしてやる】
「ふっ……これからもよろしくお願いします。足、舐めましょうか?」
即答!?
しかも、めちゃくちゃ卑屈だ!
いや、別にいいよ。足を舐めさせて喜ぶような性癖は持ち合わせていないし。
さて、こんなことを思いつつも、俺はフラウを助けるために動き出す。
俺の目的は、俺のすべてをフラウに押し付けて自由になること。
ならば、こんなところで死なれては困るのである。
俺が加勢することによって、人間たちは次々に地面に倒れていく。
「隊長! このままでは、全滅です!」
「くっ……! ノービレ様のご期待に背くことも……武断派が戦果を挙げられずに評価を落とすのも、許容できん。あれを動かせ!」
人間たちのそんな声が聞こえてくる。
その間にも、次々に倒れていく兵士たち。
ふっ……逃げ帰るのであれば、見逃してやってもいいぞ?
なんてことを考えていると、重たげな足音が聞こえてくる。
地鳴りが起き、大地が小さく揺れる。
……嫌な予感がする。
「試運転だ。データをとりつつ、魔族を滅ぼせ。『飛龍Ⅱ型』!」
誇らしげに声を張る人間。
一方的に押されていたというのに、もはや自分たちの勝利が確定したかのような笑みである。
そして、現れたのは、『竜』だった。
鉄骨でできた武骨な竜が、俺たちの前に現れたのであった。
ダメだ。逃げよう。
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