第22話 引きずり降ろして



 暗黒騎士は、最強の四天王である。

 それは、プライドの高いオットーも認めざるを得ない。


 それゆえに、同じく四天王であるトニオを再起不能にする時よりも、彼は覚悟と準備をしてきていたし、まだ緊張もしていた。

 少しのミスも、命取りになる。


 少しの油断も、自分を殺す。

 それが分かっていてもなお、オットーは暗黒騎士を倒さなければならない。


 彼を倒さなければ、主流派が勝利しデニスが魔王になることはないのだから。


「魔王争いでもお前を殺す必要があるが、それ以上に、そろそろ四天王最強という地位からも引きずり降ろしてやろう。『毒蛇の剣』」


 オットーが取り出すのは、『毒蛇の剣』と呼ばれる剣だった。

 少し細身の剣は、通常の鉄で作られているわけではないようで、その刀身は毒々しい紫色である。


【面白い。期待しているぞ、オットー(最強の地位じゃなくて、四天王から引きずり降ろしてくれ。頼むぞ!)】


 どこか喜色が含まれている声音に、オットーは眉を上げる。

 暗黒騎士は、こうして正面から挑まれることを好んでいるのかもしれない。


 最強と称され、そのために恐れられて避けられていたのだが、だからこそこのような戦闘を望んでいるのか。


「ああ、楽しませてやるさ。地獄で喜んでいればいい!」


 オットーはそう言って切りかかる。

 戦う者には、それぞれ己が得意とする戦闘方法がある。


 武器だって、剣を使う者もいれば、槍を使う者もいる。

 そして、大きく分けられるところは、近接戦闘向きか遠距離戦闘向きかのどちらかである。


 戦士は前者、魔導士は後者が多い。

 オットーは、その前者。激しい白兵戦を繰り広げる、戦士タイプである。


 踏み込みの速さはすさまじく、瞬きしていなくとも一瞬で暗黒騎士の懐に飛び込んでいた。

 全身を鎧で覆っているため、隙が無いように見える。


 それでも、つなぎ目である首めがけて鋭く毒蛇の剣を振るった。


【鋭いな。だが、ここを狙われるのは困る。もっと別のところを狙え(誰が俺を殺せって言ったよ! 倒せって言ってんだ!)】


 だが、暗黒騎士は当然のようにそれを受け止めていた。

 彼が手にしているのは、毒蛇の剣よりも大きく分厚いグレードソードである。


 ただし、それも黒く染まっており、彼の鎧とマッチしていた。


「はっ! 弱点である首を狙わないで、どこを狙えと言うのだ?」

【……胴体とか?(カチカチだから刃は通らないだろうし)】

「ふざけるな……よっ!!」


 とぼけた言葉を発する暗黒騎士に、オットーの視界が赤く染まる。

 体格には大きな差がある。


 つばぜり合いは、分が悪いだろう。

 すぐさま飛びずさり、力勝負に持ち込ませないようにする。


【どうした。ゆっくりしている暇はあるのか? 私を喜ばせてみろ(倒してくれたら、俺が足をペロペロしてもいい)】

「ちっ……!」


 傲慢不遜な言動に、腹が立って仕方ない。

 しかし、それが許されるだけの力を、暗黒騎士は持っている。


「舐めるなよ。私の力を、思い知るがいい!」


 オットーの身体がぶれるように消失し、暗黒騎士へと迫る。

 その後の戦いは、まさしく魔王軍最高戦力同士の戦いに相応しいものだった。


 スピードで圧倒するオットー。力で圧倒する暗黒騎士。

 力と速さ。まさに、両極端の長所で、二人は激突していた。


「……まったく見えませんわ」


 バチバチと、ぶつかり合うたびに鳴る雷のように大きな音。

 ルーナには、それしか近くすることができなかった。


 いや、暗黒騎士の姿は不動のままなので、しっかりと視認できている。

 だが、オットーは姿がほとんど消えている状態で、時折暗黒騎士の傍に現れては剣を振るっていた。


 暗黒騎士は、特に構えることもなく、その攻撃を打ち払って防いでいた。

 その戦いの余波は、凄まじいものだ。


 木々は倒れ、巻き込まれた魔物や動物が細切れになって命を散らす。

 遠くから見てもわかるほど、死闘が繰り広げられていた。


「む? 姫様もかなり良質な魔力を持っているから、戦闘能力が高いと思っていたが……」

「わたくし、遠距離タイプですの。こんな激しい近接戦闘には、ついていけませんわ。あなたは見えますの?」


 フラウの問いかけに、ルーナは説明する。

 魔力の質と量は、その者の強さを左右する。


 質が良く、量も多いルーナの魔力を悟っていたフラウは、彼女も相当の実力者であると判断していたため、この激しい戦闘の様子も分かっている者だとばかり思っていた。

 戦いの余波に巻き込まれていないのは、ルーナが魔力の壁を作り出しているからである。


 もし、これがなければ、彼女たちはバラバラに切り刻まれていただろう。

 展開した魔力の壁は、上質かつ多量の魔力を込められているため、そうそう壊れることはない。


 しかし、それは四天王同士の戦いでは、頼りない壁にしかなりえない。

 そのため、ルーナは常時魔力を注ぎ続け、損壊するたびに作り直している状態だった。


 そんなことをしているものだから、涼しい顔を崩してはいないが、戦闘の様子を見ることは敵わなかった。

 それゆえに、フラウに問いかけてみる。


「まあな。これでも、女騎士をしていたし」


 女騎士、という言葉に眉を顰めるルーナ。

 確たる証拠があるわけではなかったが、やはりフラウは人間なのだろう。


 魔族の繁栄こそが生きる意味であり、それのみを追求するルーナは、やはり人間という種族は好きではない。


「(気にはなりますが、暗黒騎士様の持ち物であれば、わたくしが言えることはありませんわね)」


 気に食わないにしても、ルーナにフラウをどうこくすることはできない。

 なにせ、フラウの後ろ盾は暗黒騎士である。


 彼の力に頼り切っているルーナが、彼の意思に反することはできない。

 そのため、ルーナは当初の目的通り、四天王同士の死闘の内容を聞く。


「でしたら、教えてくださいますか? この戦い、どちらが優勢ですの?」

「そんなの、聞くまでもないことですよ」


 暗黒騎士が敗北すれば、すなわち自身の敗北……自身の死である。

 気にならないはずもない。


 なにせ、自分がここで死ねば、デニスにより支配された魔族は滅ぶのだから。

 自分が死ぬのは別にどうでもいいが、魔族が消滅することだけは避けなければならない。


 暗黒騎士が負けないと判断したからこそ、今回の囮作戦を考え断行したわけだが、まさか襲撃者に同格であるオットーが出てくるとは思っていなかった。

 そんな考えから尋ねるのだが、フラウはなぜか忌々しそうに顔を歪める。


 なぜなら……。


「――――――あいつは、誰にも負けない。だから、私も自由になれないわけだが」


 フラウが、ある意味での全幅の信頼を寄せている言葉を発していたころ、暗黒騎士とオットーの戦いにも動きがあった。

 ガキン! とひときわ高い音が鳴ると、オットーは地面を滑りながら距離をとっていた。


「ちっ。やはり、強いな。腹立たしいほどに」


 苛立ち気味に舌打ちをするオットー。

 彼は、傷を一切負っていなかった。


 この間、ずっと攻撃を仕掛け続けていたのは彼であり、暗黒騎士はただ防いでいただけなのだから。

 自身の猛攻で、反撃する隙すら与えなかった……と思うのが半分だ。


「(カウンターが一度もないのは、やはり……)」


 暗黒騎士が、自身を攻撃するつもりがない?

 何か、考えているのだろうか?


 一切攻撃を受けないのは、自身が殺される可能性もないのだから僥倖なのだが、不気味さが強い。

 暗黒騎士は、何を狙っている?


【どうした? この程度では、私を倒すことなんてできんぞ(俺を倒して、早く四天王から引きずり降ろしてくれ)】


 また挑発。

 乗せられてはいけないと分かってはいるが……。


 しかし、このままでは膠着状態だ。

 ならば、あえて乗せられてやるとしよう。


「ああ。なら、見せてやる。とっておきの、私の力をな! 出てこい、蛇!」


 毒蛇の剣が紫色に輝き、大質量の蛇が姿を現すのであった。



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