第9話 過程ねぇ……



 雑草の不味さにのたうち回るフラウを置いて、俺は外に出る。

 普段、人を食ったような余裕のある態度を隠さない彼女が、口を押えてのたうち回る姿はとても滑稽であった。


 俺の気持ちもスッとして、多少なりとも落ち着く。

 ふっ……雑草だとばれないようにうまく料理した甲斐があったぜ。


 よくよく考えたら毒草みたいなものもあったが、まああいつなら大丈夫だろう。

 さて、非常に行きたくないが、今夜ルーナと会わなければならない。


 まあ、アホだし、適当に相手すれば満足して解放してくれるだろう。

 これが、デニスだったら最悪だった。


 あれは、絶対に俺を自分の派閥に引き込もうとするからな。

 面倒この上ない。


 勝手に派閥争いでも何でもしてろって話だ。

 俺は関係ない。魔族の未来とか知ったことじゃない。


 とにかく、俺には二つの果たさなければならない目的がある。

 一つは、この四天王という地位から失脚すること。


 それは、適当に誰かに負ければいい。

 トニオも、たった一度の敗北であれほど詰められていたのだ。


 俺も負けて詰められたら、『はい、辞めます!』と元気よく退職を申し出ればいい。

 それで、俺はおさらばだ。


 ……問題は、この鎧を倒すことができる存在が本当にいるのか。

 いたとしても、俺を殺さない程度に倒してくれるのかというところだが……。


 まあ、それはいい。

 もう一つは、この鎧の解除だ。


 俺が暗黒騎士たるゆえんである、この鎧。

 そもそも、これがなければ、俺は四天王なんて高い地位にいることはなかった。


 ぶっちゃけ、ろくに戦えないし。

 一切素顔を見せていないし、実力も違うし、これさえ脱げれば俺は案外あっさりと退職することができるのである。


 それに、これ怖いんだよ……。

 一切脱げないから、俺の身体がもうどうなっているかさっぱりわからん。


 飲食だってできない。兜がとれないし。

 飲み食い一切しないで生きていけるような種族じゃないんだけど、俺。


 どうなってんの? お腹すくこともないんだけど。

 ただただ怖い。この鎧が怖い。


 ということで、俺も何もしないというわけではない。

 もちろん、対策をとっているのだ。


 ……人任せだがな!

 俺が向かっているのは、その鎧をどうにかするための場所である。


 街を歩いていて、襲われることはない。

 俺の姿を見たら、みんな逃げ出すからな。


 ふっ……優越感を覚えつつもちょっと悲しい……。

 そして、入り組んだ道を歩いていく。


 どうにも、【彼女】は人嫌いらしく、たどり着くことが困難な場所にいる。

 わかる。俺も人も魔族も大嫌い。


 大通りが外れて細い路地裏を歩き、一つの扉の中に入る。

 すると、その先にも細い道が続いており、いくつも枝分かれしている。


 ここは、注意して歩かなければならない。

 間違って違う道に入ってしまうと、本当に抜け出せなくなるからな。


 太陽光も届かないジメジメとして暗い狭い細道に、たった一人で永遠に取り残されることを想像すれば、背筋が凍る。

 おそらく、【彼女】目的でここに入り込んで、迷って二度と出られなくなった魔族も大勢いるだろう。


 時折見える骨などがそうだ。怖い。

 俺だって迷う可能性はないとは言い切れないが……この鎧を脱ぐためならば、仕方ない。


 それほど、俺はこれから解放されたかった。

 うおおおおおお! 研ぎ澄ませ記憶力!


 間違うのは絶対に許されんぞ!

 あそこで朽ちている死体みたいになりたくねえ!


 俺は必死に頭を動かしながら、なおも細い道を歩き、何度も扉を開いて……。

 そこに、たどり着いた。


 汚らしい一軒の建物だ。

 汚れているし、清潔とは到底言えない。


 だが、ここに訪れることができる者もほとんどいないのだから、関係ないのだろう。

 メビウスではないが、ここの住人もかなり無頓着な性格だしな。


 ガチャリと音を立てて扉を開ける。

 カギはかかっていない。


 不用心だが、人来ないしな……。

 それでも、俺だったらがちがちに施錠していただろうが。


 一応、ここの建物の主は女だが、ノックなんてしない。

 そんなの気にするような奴じゃないしな。


 そもそも、暗黒騎士がご丁寧にノックした方が驚愕される。

 中は、建物の外からは考えられないような、いわゆる研究室という場所だった。


 俺では理解のできない文書などが散らばり、訳の分からない機械が置かれてある。

 そして、そこにたたずむ一つの人影があった。


「……ああ、君か。ここに来られるのは限られているし、こんなに頻繁にやってくるのは君くらいしかいないんだけどね」


 のそりと、億劫そうに身体を動かし、俺を見る女。

 血のように真っ赤な髪は、ストレートに腰くらいまで伸びている。


 気だるそうな眼はメビウスに共通するが、不健康そうな濃い隈が彼女のすさんだ雰囲気を醸し出していた。

 白衣を身にまとった姿は、まさしく研究者だ。


 その名前は、ユリア。俺の鎧を解除するための、切り札である。











 ◆



「今日も整備だね。まあ、それ以外の目的でここに来られても困るのだが」


 ユリアはそう言って、ため息をつく。

 なんだこいつ。来ていただいてありがとうございます、だろうが。


「と言っても、頻繁に来る必要はないんだけどね。君の場合、武器の使い方がとてもうまい。刃こぼれも一切ないし、メンテナンスの必要はないと思うのだが……」


 剣を台の上に置けば、それをまじまじと眺めながら言うユリア。

 緩くなった胸元から、深い谷間が見える。


 俺の知る中で一番大きなそれ……見ているだけですばらっ!

 超無防備だが、俺も暴走することはないから安心してほしい。


 鎧のせいでまったく感じられないからな! 意味なし!


「まあ、その鎧はとても興味深い。私のために来てくれているのだとしたら、感謝しよう」


 ユリアはそう言って、まじまじと俺を……というよりも、鎧を見つめる。

 ……こいつ、自分に無頓着なのか、かなり緩くなった胸元などをまったく気にしていない。


 もちろん、俺が性欲に狂ってとびかかることもないが……。

 彼女は、俺の鎧を解除するための大事な手段である。


 ぜひ自分のことを大切にしてほしい。

 ユリア。彼女は、研究者だ。


 何の研究をしているのかはさっぱりだが、この鎧についてひどく興味を抱いている。

 鎧の研究が進めば、解除する方法だって見つかるだろう。


 ていうか、見つけろ。意地でも見つけろ。

 何のために、迷子になったら死につながるここに頻繁に足を運んでいると思っているんだ。


 全力で頑張れ。


「ああ、お茶くらい出そう。確か、あったはずだ。……ほら、あったあった。飲みたまえ」


 ほーん。いい心構えじゃない?

 まあ、飲食できないから意味ないがな!


 ……言っていて悲しくなってくる。

 そんな中、ごそごそと汚い箱の中をあさっていたユリアは、こちらに近づいてドン! とテーブルにそれを置いた。


 コポコポと粘っこい泡を常時発生させた、薄緑の液体を。

 ……毒かな?


 なに? 俺を毒殺するつもりなの? あからさますぎない?


「む? 飲まないのか? 鎧はともかく、兜くらいは脱いでくれても構わないと思うが……。私が君を害しようと疑っているのであれば、安心してくれ。私にそのような力はない」


 飲めるか!!

 俺みたいな高貴な口にヘドロなんか合うわけねえだろ!


 もうこの飲み物出されている時点で害されそうなんだよ。

 お前に俺を害する力はなくても、この毒には十分それが感じられるんだよ。


 兜取れなくてよかった。飲まない言い訳をする必要もないし。


「しかし……いつ見てもおぞましいな、その鎧は。ただ近くに立っているだけでも、脂汗が出てくる。君のそばには、ほとんど人が寄り付かないんじゃないか?」


 こちらを覗き見るユリア。

 脂汗? 君、まったく無表情変わっていないですけど。


 まあ、おぞましいというのは確かにそうだろう。

 常時得体のしれない瘴気を放ち続ける鎧とか、怖すぎる。


 俺に何の影響もないのが、さらに怖いなあ……。

 ……あれ? だとすると、基本一緒に行動しているフラウはいったい……。


 どうしてこの鎧の近くにいて平気なんだ……?

 ……図太いからか。なるほど。


「君の鎧。何度も来てもらって研究しているが、いまだによくわからない。非常に硬質なものでできているが、その材料がわからない。ただの鉄ではないのは確かだよ。だが、それに代わるものがなんなのか……」


 確かにカッチカチだが、鉄じゃないの? これ。

 ああ……どんどん不安と恐怖が大きくなっていく。


 俺の身体を閉じ込めているこの鎧ってなんだよ!

 材料がわからないってどういうことなんだ!


「君がどういう過程でこれを手に入れたのか、すごく気になるよ」


 ジーッとこちらを見上げるユリア。

 過程、ねぇ……。


 俺は忌々しい最悪の日……つまり、この鎧が俺の身体にへばりつくようになった日を思い出すのであった。



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