第2話 お互いクズ
「……え、なんて?」
女騎士は唖然としながら聞き返してくる。
まるで、俺が何を言っているのか理解できないといった風に。
凄いデジャビュだ。つい先ほどの俺のようだ。
【だから、俺の全部、お前に押し付け……受け取ってもらう】
「何を押し付ける気だ!? 嫌だぞ、変なものは!」
凄い剣幕で拒絶してくる女騎士。
どうしてこいつは当たり前のように嫌とか言っているのだろうか?
立場わきまえている?
お前、今すぐ俺に殺されても文句言えないんだぞ?
「もしかして、私のヒモになるつもりか? すまない。私も女騎士としてある程度のキャリアを形成したら、適当な貴族の愛人になって養ってもらうつもりなんだ。その気持ちは受け取れない」
ふっと女騎士は笑みを浮かべる。
そんな良い笑顔をして言うことじゃないぞ。
愛人になってヒモ生活をするために女騎士をしているとか、なかなかの逸材だ。ゴミの。
【将来設計がかなりしっかりしているようだな】
「私の願望を聞いてそんな好印象を抱かれたのは初めてだ」
照れたように女騎士は頬を染めて笑う。
皮肉だぞ。
【いや、違うぞ。確かに、女に養ってもらうのは一つの夢ではあるが、お前はない。ないったらない】
「ちょっと傷つくぞ、私でも」
唇を尖らせる女騎士であるが、俺と出会ってからの自分の行動を顧みてほしい。
死にたくないとジタバタ転げまわるわ、身体を売ろうとするわ、仲間を売ろうとするわ……。
あっ……このことを考えていると、全部こいつに押し付けるのって無理じゃね?
俺がうまくやったとしても、こいつが全部ぶちまけてしまいそうな気がする。
……やっぱ、殺した方がいいか?
「何を考えているかは分からないが、間違いなく私にとって都合が悪そうだ。止めてくれ」
こいつ……俺の脳内を覗き見やがった……!?
【全部をもらい受けてもらうっていうのは、言葉通りだ。俺の地位、名声、武力。これらを全部お前にやる】
破格だろう。
俺は、それなりに名が知れ渡っているし、地位もある。
人間のこいつに全部押し付けるというのはかなり厳しいだろうが、普通の魔族よりはこれくらい異色の方がいい。
「……どういうことだ? うまい話すぎて、逆に怖い。少なくとも、先ほど殺そうとしていた奴に与えるべきものじゃないだろう」
【ふっ……簡単だ】
バカでも警戒はするんだなと感心しつつも、俺は笑みを浮かべる。
どうせ、兜で見られてはいないのだろうが。
俺は息を吸い込み、万感の思いを込めて言った。
【俺は、退職したい】
「…………え?」
再度の硬直である。
【退職したい。辞めたい。リタイヤしたい】
「う、うむ……聞こえてはいるのだが、理解できなかっただけだ」
……この流れも先ほどやったような気がする。
立場は完全に逆転しているが。
【だって、俺全然やりたくないもん、魔王軍とか。マジで嫌なんだけど。お前みたいな奴と毎日殺し合いさせられるし、ちょーしんどいですけどー】
「えぇ……。私の中の暗黒騎士像が崩れるんだが……」
失望したような目を向けてくる女騎士だが、その目を向けるのは俺の方だ。
お前が言うな。
俺の中の女騎士像は粉々だぞ。
【辞めるには、どうにも俺にはいろいろとしがらみがついてしまっている。だから、それを全部お前に押し付けるために、お前を生かす。そして、俺は退職する。皆幸せだな】
何もかも捨て去って逃げたいのだが、そうもいかないのが現状である。
だからこそ、そのすべてをこの女騎士に押し付ける。
そして、俺はおさらばだ。
「断る。私の楽して適当に生きていく人生プランが崩れる」
【じゃあ、殺す】
「すべて私に任せて自由に生きるがいい、暗黒騎士よ」
変わり身早くてキモイ。
どうしてこんなのが女騎士なんだ……。
そうは思いつつも、俺は手を差し出す。
【じゃあ、契約だ。俺とお前の、二人だけの秘密の契約】
「……ああ、よろしく頼む」
俺と女騎士は、がっしりと硬い握手をする。
こうして、暗黒騎士と女騎士。決して交わるはずのない二人が、秘密の契約を結んだのであった。
「(……ここは適当に頷いておいて、さっさと逃げてやろう)」
「(全部こいつのせいにして、さっさと逃げてやろう)」
二人して、お互いクズなことを考えながら。
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