あなたが拾ったのは普通の女騎士ですか? それともゴミクズ系女騎士ですか?

溝上 良

第1章 魔王継承戦争編

第1話 出会ってはいけなかった2人



「ぐあっ!?」


 俺の身体が勝手に動き、迫ってきていた剣を打ち払う。

 かなりの力があるのだろう。


 打ちかかってきていた女は、地面を転がって離れていく。


「つ、強い……! 信じられない強さだ。これが、あの悪名高い……」

【…………】


 顔を上げながら、俺を睨み上げてくる女。

 どうやら、俺の名前は人間たちにも轟いているらしい。


 ……ほんと迷惑なんだけど。勘弁してくれよ。

 まさか、懸賞金とかかけられていないよな?


 俺、ただの雑魚魔族だぞ? そんなの、勘弁してくれよ、マジで。


「剣もすでにない。私にできることは、もう……!」


 女の手には、武器はない。

 先ほど打ち払ったときに、剣を遠くへと飛ばしてしまったからだ。


 魔法を使えたり、あるいは隠し玉を残していたりしていれば話は変わってくるが、そんなこともなさそうだ。

 絶望し、落ち込んでいる。


 俺の身体は、そんな彼女にも容赦なく、ゆっくりと近づいていく。

 まあ、魔族と人間だしな。仕方ないわ。


「ならば、私のやるべきことは、ただ一つだ!」

【!】


 キッ! と睨み上げてくる。

 その目は強く、確かな決意が秘められていた。


 女の目は、まだ死んでいない。

 このような目をまだしているうちは、油断することもできないのだ。


 俺は油断なく女を見据え、次の言葉を待った。

 彼女は瑞々しい唇を噛み、そして言った。


「くっ……殺すな!!」


 そう、女騎士としてよく聞くあの名台詞!

 魔族として一度は聞いてみたいランキング第二位の『くっ、殺せ!』が……。


【…………え?】


 ……今、この女はなんと言った?

 いまだに凛々しい顔で、俺を睨み上げてくる様子から、とてもじゃないが先ほどの言葉が飛び出したとは思えない。


 聞き間違いかな?


「くっ……殺すな!!」

【いや、聞こえてなかったわけじゃなくて。聞こえていたけど、理解できなかっただけなんだけど】


 聞き間違いじゃなかった。

 二度目も同じだった。


 え? 命乞い? 誇り高い女騎士が?

 嘘でしょ。だとしたら、どうしてこんなキリッとした目でいまだに俺のことを睨みつけることができるの?


 ……やっぱり、聞き間違いか。


【え? 殺せ?】

「殺すな! 絶対に私を殺すな!!」

【えぇ……】


 凄い。ここまで強い意志で命乞いをしてきたのは、こいつが初めてだ。

 というか、懇願してくる立場のくせに、なんでちょっと偉そうなの?


【なんか……思っていたのと違うんだけど。女騎士って、もっと誇り高くてさあ……】

「誇りで生きられるならば誇り高くいてやるが、そうでないなら豚の餌にでもしてしまえ」

【おおう……】


 女騎士はふっと笑う。

 笑うところじゃないと思う。


「というか、お前喋られるんだな。無口だと思っていたぞ」

【普段は無口なんだけどな。鎧が喋らせてくれないし。ただ、今はどういうわけか、喋ってもいいらしい】


 話題を急に変えられて目を白黒とさせてしまう。

 とはいえ、実際俺はほとんど喋られないので、無口と言えば無口である。


 この鎧さえなければ、普通に今みたいに話しているんだがな。

 今はどのような理由があるのかは知らないが、鎧は会話を許可してくれるらしい。


「ふうむ……難しいことはわからんが……とにかく、そろそろ私は行くよ。世話になったな」


 そう言って、女騎士は立ち上がり背を向ける。

 ああ、俺も久しぶりに会話ができて、少し心がほっこりとした。


 ありがとう。


【ああ、またな……待て待て待て】

「ぐああああああああああ!?」


 いつの間にか全力で逃げ出していた女を、鎧から出てくる黒い力で食い止める。

 瘴気がまとわりつくような形になっているので、女騎士は悲鳴を上げている。


【なにナチュラルに逃げようとしてんだお前!】

「いいだろ! もういいだろ! 私は生きたいんだよぉ!」


 再び引きずり戻せば、涙と鼻水をまき散らしながら女騎士はわめく。

 うわ……きたな……。


 俺の女騎士像が粉々に破壊されていく……。

 なんだ、この意地汚い女騎士は。


 どうしてこんなのが女騎士になれたのか。

 人間どもの目は節穴か?


「いいのか? 私を殺せば、その業を背負うことになるんだぞ? 人を殺したという責任を、背負うことができるのか? 重いぞぉ。とくに、私のは他の奴とは比べものにならないくらい重いぞぉ」


 しかも、脅迫!

 こいつ、今度は脅迫までしてきやがった……!


 なんて奴だ……。逆上されて殺されても文句言えないぞ、お前。

 とはいえ、確かにそういった話は聞く。


 人を殺せば、その業を背負い、殺し続ければどんどんと重たくなっていき……背負えなくなれば、死ぬ。

 まあ、迷信じみた考え方だが、案外バカにできないところもある。


 それに対して、俺は……。


【ああ、大丈夫。俺じゃなくて、鎧がお前を殺すわけだから、俺に責任はまったくないんだよ。俺の手はきれいなままだ】


 そう。殺すのは俺ではなく、この鎧である。

 人の身体を操り、勝手に動く鎧。


 だとしたら、人殺しも全部この鎧が業を背負う。

 つまり、俺は依然としてきれいなままであり、何ら気にすることも責任を負うこともないのである。


 ふっ……完璧で緻密な論理だ。


「なんていう責任回避思考……。おぞましさすら感じる……」


 お前もなかなかひどいんだぞ、女騎士。自覚しろ。


【そもそも、生かして帰すと後々命取りになることだってあるから、殺した方が楽なんだよなあ】


 この女騎士、今ではこんな風にみっともなさを全開にしているのだが、戦闘能力はなかなかのものだった。

 鎧を相手に数分とはいえ持ちこたえられたのは、かなりの実力だろう。


 だとしたら、今のうちに始末しておいた方がいい。

 こいつは人間で、俺は魔族だ。


 いずれ、絶対に殺しあうときがくる。

 俺だって死にたくはないので、ここで始末しておいた方がいいに決まっている。


 その考えを聞いた女騎士は、ジワリと目の端に涙をためると……。


「やだやだやだやだ! 死ぬのだけは絶対にやだ!!」

【女騎士ぃ! 人として最低限のプライドくらい持てや女騎士ぃ!】


 地面に転がってジタバタと暴れ始める女騎士に、思わず怒声を上げる。

 駄々っ子よりもみっともないぞ、お前!


 せっかくきれいな長い金髪も、土に汚れて残念なことになっている。

 重々しいため息をついていると、シュバッと女騎士が俺の足に縋り付いてきた。


「なんでもするぞ! 私の身体を好きにしてもいいぞ! 足だって犬みたいに舐めるぞ! 人間の情報も魔族に流すぞ!」

【お、おお……前半は魅力て……後半最低だぞ、お前】


 男として、前半部分には思わずのどを鳴らしてしまうほどの魅力があったが、平然と仲間を売る後半部分には辟易とする。

 ダメだ。こいつじゃ中身がクソすぎて興奮できない……。


 見た目はいい……見た目はいいと思う。

 長い金色の髪は、今こそ土で汚れているが手入れが行き届いていて綺麗に輝いている。


 顔も涙とよだれで汚れているが端整だし、何より目が美しい。

 金と銀の色違いだが、まるで宝石のようだ。


 簡易的な鎧に包まれているため、身体の起伏などは分からないが、それでもスタイルはスラリとしている。

 ……ただ、色々と残念過ぎる。


 土と涙とよだれで顔を汚した女騎士ってなに? そういうのじゃないだろ?

 魔族の足を舐めてでも生き延びようとする女騎士は……ないわぁ。


 やはり、ここは心を鬼にしてこいつを殺すべきだろうが……。

 一つ、思いついたことがあった。


【……何でもするか?】

「うむ!」

【元気いいな……】


 元気よく頷く女騎士。

 普通、魔族からの「なんでもするか」という問いかけに、元気に応えるべきじゃないと思うが。


 しかし、そうか。何でもしてくれるか。

 ならば、俺はこいつを殺さない。


【よし、じゃあお前を生かしてやる。ただし、俺と一緒に来てもらうぞ】

「身体か? 初めてだし、優しく頼む」

【違う。いや、魅力的だけど今は無理だからな】

「?」


 首を傾げる女騎士。

 だとしたら、何をさせるのか、と言いたげである。


 まあ、そうだろう。

 当然、俺も目的があってこいつを殺さないのだから。


 俺の目的、それは……。


【お前には、この暗黒騎士のすべてをもらい受けてもらう!】

「……は?」


 女騎士の、ぽかんとした顔が面白い。


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