八鍋目。再会と解決

 渦を巻くような美しい角。マリンブルーの瞳。

 見つめると吸い込まれてしまいそうなほどに、繊細で整った容姿――。


 見慣れたはずなのに、どこかぎこちない。

「……カルネ……なのか?」

「ええ。……ようやくまた会えたわね、あなた」


 肌が変色したって、腐ったって。彼にとっては些細な事だった。ただ今目に映っている、奇跡のようなめぐり逢いに浸るだけ。

 ――もう一度集まれた、大切な家族を愛でたいだけ。


「ぱぱ、ごめんなさい」

「私からも。迷惑かけたくなくて。……ごめんなさい」

「フライ、カルネっ……」

「「わっ⁉」」

 大粒の涙をこぼしながら、妻と娘を胸に抱きよせるロンドさん。

 完全に私たちがいることも忘れて号泣していた。奥さんのほうも困り顔を浮かべつつ、安堵の涙をにじませている。


 しばらくの間私とラーユとモモは背景に徹していた。横を向けば、もらい泣きをしているラーユがいた。

 確かにグッと来るものはあったが、実は私にとって少し居心地が悪かった。……何故か、って?

 それは――。


「アン姉、アン姉」

 ラーユが私の袖を揺らした。

「アン姉、すごいね。よく気付いたね」

「まあ……そりゃあわかるよ。だってなんだから」


 一年前、カルネさんは難病に罹って亡くなった。

 それから一週間後、突然引きこもった娘フライシェちゃん。

 その間、一体何が起きだのだろう?


 答えは簡単。

 ――「カルネさんは、アンデッドになっていた」。

 正確に言えば私と同じ、「ゾンビ」と呼ばれる死後の種族に変化したのだ。

 生物は息を引き留めたあと、燃やさなければ腐っていく。もしもこの段階で魔力を受けて生き返れば、「ゾンビ」になる。その間、土葬なら最短でも五日と言われている。


 ゾンビとなったカルネさんは、周りの目を気にして人前に出ることもできなかった。だから深夜になったら棺から出て、父娘の寝顔を見るだけにした。

 しかし早くも、たまたま起きていた娘のフライシェちゃんに見つかってしまった。


 フライシェちゃんは裏庭に出て、いるはずのなかった母親と熱い抱擁を交わした。いつもと、匂いが違う。そこでようやく、母親が「ゾンビ」になったことを知った。


 ――さて、これをお父さんに言うべきだろうか?


 ロンドさんの性格なら、カルネさんがゾンビになろうがスケルトン(骸骨)になろうが、変わらず彼女を愛していてくれるのかもしれない。

 だが、周りはどうだろうか?

 ロンドさんみたいに「アンデッド」に寛容でいられる人が、どれほどいるのだろうか?

 もしロンドさんがカルネさんを連れて、堂々と街を歩いたら?

 もしロンドさんが、カルネさんを馬鹿にするような人に出会って、喧嘩になったら?


 ……計り知れない。


 結局、「女同士の秘密」として片付けることにした。

 まあ、それはそうと、カルネさんをいつまでも棺桶に放置しておくわけにはいかない。

 そこでフライシェちゃんは、お母さんを自分の部屋に隠した。もう失うことがないように、じっと傍で守っていた。

 匂いは気になるけれど、肉屋なのでそこまで目立たない。

 それからの日々。ロンドさんが娘を元気づけようと運んできた大盛ご飯を、親子二人で楽しんだのだった。


 ――最後の一筋の、家族のつながりを感じつつ。


 いつか。

 ゾンビという匂いが、街の中で薄れる日まで……。



「お嬢ちゃん方、本当にありがとうな。……おかげで、またこうして二人の温かみを感じていられる」

「いえいえ」


 肉屋ファミリーが落ち着いた頃のこと。

 親子で頭を下げられて困っていると、私の腹の虫が鳴いた。恥ずかしすぎて火を噴きそうだ。慰めのつもりか、らーゆまでお腹をきゅるると鳴かせた。


 笑い声が、鍋の蒸気のように部屋中に広がる。


 お礼に晩餐を食べて行かないかと誘われたが、ここは家族団らんを――と思ってやんわりと断ろうとした。だが私の声を遮るようにして、ラーユのはしゃぎ声が聞こえてきた。

 どうやらすでに、フライシェちゃんと仲良くなったらしい。とんでもない交友技術だ。


 そんなこんなで晩御飯にお邪魔させてもらった。

 肉屋なんだからやはり肉料理がメイン――と、思うでしょう?

 残念ながら違います。

 なぜならフライシェちゃんが、ラーユと声をそろえて申し出たのだ。


 ――「闇鍋が食べたい」、と。


 可愛らしい上目遣いのダブルパンチに、耐えられる者などいない。ロンドさんはすぐさま大鍋を引っ張り出して、ニコニコ顔で食材を選び始めた。

 ルールはいつも通り、「何を選んだかわからないようにする」こと。

 十分もかからずに、鍋の中に集合した六人分の具材たち。


 ぐつりぐつり。

 うん、いつもよりお肉の香りが強い。スパイスもたっぷり効いていて、食欲という本能を絶えず刺激している。

 出来上がるまでの間、私たちはずっとニマニマした状態でラーユとフライシェちゃんの会話を聞いていた。子供同士のお話は、すっきりしていて本当に和むね。


「アンズ、お姉ちゃん」

「ん、私?」

 フライシェちゃんが、遠慮がちに私を呼んだ。何事かと思えば、ちょうどお誕生日のお話をしていたから、ついでに私の誕生日が知りたくなったらしい。


「ごめんね、覚えていないや」

「「えーっ」

「いや、えーって言われても。……私がゾンビになったのはかなり前のお話だからさ」


 どれほど前かと言えば、今でもたまに親の顔と名前を忘れるくらいだ。

 一人暮らしをしている間は誕生日を自分で祝うこともなかったから、覚えていないのも当然だ。

 もう少し踏み込んで尋ねてくるかなと思っていると、ちょうど鍋の具が良い感じに踊りはじめた。


 さあ、闇鍋パーティーの始まりだ。


 私の茶碗に転がるのは、肉団子。一口かじってみる。ほくほくだ。肉汁がたっぷり含まれていて、なおかつ噛み応えもある。どうやら、ロンドさんの作品らしい。

 満足な顔を見せると、ロンドさんが「もっと褒めてくれ」と言わんばかりのポーズをとった。

 ……あの、娘さんが引いていますよ。


 ラーユとモモが齧り付いたのはソーセージ、もとい「ヴァイスウルスト」。私が入れたものだ。こういうときは無難なくらいがちょうどいい。


 ――と思っていると、ロンドさんが激しく咳き込んだ。

「な、げほっ、なんだ、げほっ、辛っ……⁉」

「あら、当たってしまったのね」

「カルネぇ」


 カルネさんが用意したのは辛子漬けの手羽先、辛子漬けのピクルス、辛子漬けの以下同様。よほど辛い物がお好きらしい。なるほど道理で鍋の色が禍々しいと思った。


「あれ、なにこの浮いているもの」

 私が掬い上げたのは、溶けだしたジェルのようなもの。とりあえず食べてみようかな。

 ……うん。うん。うんうん。

「……ゼリーかぁ」

「ちがうよアン姉。とけたグミだよ」

「そっかぁグミかぁ。フライシェちゃんすごいね、無言で平らげてる」

 子供は本当に甘いものが好きなんだな、と実感した瞬間であった。


 ちなみに、少しまじめなお話。

 話し合った結果、基本はカルネさんの生前と同じライフサイクルにするらしい。

 今のところはできれば外には出ないようにして、ゆくゆくはアンデッドでも気楽に出歩ける街に移住するかも、だそうだ。


 ……私は、どうなるんだろうね。


「そういえばアンズちゃん、ナビゲーターなんだよな」

「そうですね。現在メンバー募集中です」


 募集中、を強調してみる。


「い、いやあ俺を見つめても何も出ねぇって。……ああでも、この街に有名な凄腕ナビゲーターが居るんだったか」

「そうなんですか」

「名前は――……すまん、忘れちまった。肉の部位なら忘れないけどな!」


 がはは、とロンドさんは豪快に笑って見せた。よかった。元気が戻ったらしい。

 それにしても、凄腕のナビゲーターか。

 確かに気になるけど、そんなに名が知れているほどベテランだと、もはやまともに話を取り合ってもらえ無さそうだよね。忙しそうだし。

「○○レベル以下は帰れ」……みたいな。


 いやさすがに、考えすぎかな。


 まあ、何にしろ。

 今日は充実した一日を送れた。お腹いっぱいになるくらいに、満足した。

 クサい話だけど、やっぱり誰かの役に立てるのって、いいよね。

 なんだかんだ言って、巡り巡って自分もぽかぽかする。


 ロンドさんも、カルネさんも、フライシェちゃんも。

 みんな楽しそうにしていると、どこかもの寂しい気分になる。

 それがなぜかは私にもわからない。

 けれど、一つだけ言えることがある。


 ――助けて、よかった。


 見えない道ではあるけど、ある意味「ナビゲーター」らしいお仕事をしたのかもしれない。なんちゃって。




 追記。

 フライシェちゃんが闇鍋に入れた具がつからずかき混ぜてみたら、鍋底から大量の貝とカタツムリが現れた。

 どう食べるつもりなのかと思っていると、母子そろってバリバリ殻ごと味わい始めた。

 ロンドさんは横で、目をぱちくりさせていた。


 あ、ロンドさん。がんばって殻を食べなくていいんですよ。

 種族の違いなんて、そういうものだから。

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