『文体の舵をとれ』練習帳

千織

第1話 軽い足取り

 ハロウィンに浮かれた五月蝿い野郎と臭い女どもの間をすり抜ける。足取りは軽い。


 一人の女をもて遊んだ。あの顔。

 驚き、怒り、恥じて、悲しみ、焦り、そして呆けた。  

 まんまと、もう、まんまと。ニヤニヤがとまらない。アイツは騙されやすい。わずかな金でも繰り返し払えば大金に。気づかぬうちに身の丈に合わないものを買い始めるだろう。

 俺と一緒にいれば、”何かあるんじゃないか”という期待。あのすがるような哀れな目からにじみ出ている。


 おいしそう、面白そう。みんな金を払うよ。

 知りたい、教えてあげる。みんな金を払うよ。

 寄ってたかって不安を煽って、金を払えば楽しくなれると謳っている。

 嘘はついてない。”今だけでも幸せな気分に”。そう言っているだけ。

 謙虚に、ささやかに、日常を、大切に。

 そんな”あなたに”寄り添ったメッセージを耳元でささやく。

 悪いんじゃないよ、多様性の時代なんだから。好きなこと言っていいんだよ、言論は自由だから。

 アイツはまた、答えを探しに行くんだろう。やっぱり本屋か? それともあの美魔女に身ノ丈ニ合ッテル男でも紹介してもらうんだろうか。


 広域公園に入った。いつもは見かけない若者たちがところどころに輪を作っている。ベンチが大きな川を臨むように並んでいて、どのベンチもカップルが座っていた。


 俺はポケットに手を突っ込んだ。檸檬が一個ある。


 この公園は普段の今時間なら出会いの場所だ。


 投球フォームをとる。


「お前らNL史上主義者が来る場所じゃねぇんだよっ!!」

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