アイリス王国物語
@oota_ishii
第1話 濡れ衣
「こことここ、あとここに署名捺印してください」
弁護士が付箋を付けた紙を指さしながら言う。
言われたとおりに署名捺印すると、弁護士は書類をカバンに入れながら一言。
「これで離婚が成立しました。では」
玄関先での出来事だった。
子供もいないし、ここ二、三年は顔も見ていない。落ち込むどころか、逆に気が楽になった。
他に何もすることがないので居間に戻ってテレビをつけると、国会中継をやっている。
『お金のことは、会計責任者である秘書にすべて任せておりました。今は裏切られた、という気持ちでいっぱいです』
そう
『だから大臣には責任がないと?』
質問に立つ野党議員が追及すると、『任命責任があるだろう』『説明になってないよ』『そういうのをとかげの尻尾切りっていうんじゃないの』などとヤジが飛ぶ。
『そういえば、娘さんはその秘書と結婚しているそうじゃないですか』
『それとこれとは何の関係もない!』
『委員、関係のない質問は慎むように』
予算委員長が割って入る。
「くだらん」
思わず口に出た。
料亭である人物から現金数千万円を受け取ったのだ。秘書だった私は隣の部屋で待機させられていたのだ。
時代劇でいえば『お主も悪よのう』『いやいや、お代官様ほどでは』という場面だ。
それが、どこでどう発覚したのか、マスコミにすっぱ抜かれた、というわけだ。
そして、私に向かって「悪いようにはしない、しばらく隠れているように」と、指示されたアパートに隠れていたのだった。
まあ、連日のようにマスコミに押しかけられなくなったはいいのだが、いつの間にか私が受け取ったことになってしまっている。
嵌められた、と気づいたときには時すでに遅し、だ。
「さて、これからどうしようか」
玄関を出て非常階段から屋上に向かいながら考える。そして、手すりに寄りかかりながら、洗いざらいしゃべってしまおうかとも思った。
いや、あの現金はあるところに隠してある。それがあれば十数年は遊んで暮らせるはず。ここをなんとか乗り切れればだが……。
「
手すり越しに街並みを見ながら思案を巡らせていると、男の低い声がした。
「いいえ」
振り返りながら答える。
「往生際の悪い奴だ。まあいい、詳しい話は署で聞かせてもらおうか」
「弁護士を通してからにしてくれ。名無しのお巡りさん」
身分証も逮捕状も見せてもらっていないのだ。
「ったく、最近の奴らは悪知恵ばかりつきやがって」
「それはお互い様だろう。この前も無実の罪で死刑になってた人がいたよな。しかも証拠を捏造までしたんだって?」
「うるさい。とにかくお前を連行する」
ついに実力行使に出たようだ。私の腕を掴む。
「やめろ」
慌てて掴んだ腕を振り払おうとする。とその瞬間、屋上の手すりが後ろに動いた。
「ま、まて、焦るな。手すりが」
「なんだと!」
今度は、私が名無しの刑事の腕を強く掴む。そして、そのまま二人で自由落下を始めた。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
アイリス王国物語 @oota_ishii
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