第31話

呼吸器を握りしめて、苦しみに耐えながらも私はその場を動こうとはしなかった。



今日も、帰って来ないんだろうか?



最後に姿を見たのはいつだっただろう。



随分と家を空けている母に想いを馳せながら、目を閉じた。







寒いよ。


寂しいよ。


お腹空いたよ。


辛いよ。


苦しいよ。


悲しいよ。






‥‥助けて、助けてよお母さん。







喘息の発作が出る度に、こうして母に助けを求めるように玄関の片隅で待っていた。



苦しく苦しくて、このまま死んでしまうんじゃないかと思うくらいだった。



それでも、〝母が帰ってくるかもしれない〟〝今の私を見たら気にかけてくれるかもしれない〟とそんな馬鹿らしい願望だけが頼りだった。



普段ならまだ我慢できる。



だけど、こうして肉体的にも弱ってしまうとこたえてしまう。



長年培った負の感情が、一斉に押し寄せてくる。







どうして帰ってきてくれないの?



どうして私を独りにするの?





こんなにも苦しいのに、


どうしてここにいてくれないの?







抱きしめてほしいのに、


名前を呼んでほしいのに、


笑いかけてほしいのに、


側にいてほしいのに、どうして?






ーーねぇ、どうしてなの?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る