第19話

「どけ」




放心している女を私から突き放すと、未だに床に伏せっていた体を抱き起こされた。



いくとなく抱かれたその腕に、安心感からか思いがけず泣きそうになった。









「‥‥無名が」




縋るように服の裾を掴む。








「分かっている」





力強く答えると、我に返ったのか怒りを露わにする女と対峙した。








「どこの誰か知らないけれど、あなたまでこの私に逆らうつもり?どいつもこいつも命が惜しくないの?それとも、その命には惜しむだけの価値もないのかしら!?」


「それはお前の方だろが」


「‥‥は?」


「自分の価値も分からないゴミの話なんてどうでもいいんだよ。それよりもーー」





無表情で女に近づく時雨。









「よくも俺のものに手を出してくれたな」




状況が理解できずに呆けて立ち尽くしていた女は次の瞬間、蹴り飛ばされて近くの壁へと叩きつけられた。









「ーー貴様っ!」





今更ながらに状況を察した護衛と思わしき男達が、途端に殺気立つ。



一切に銃口を向けられても、時雨はそれをものともしていない。









「おいアバズレ、起きろ」




痛みや恐怖により身動き一つできない女の髪を、引き千切らんばかりの力で掴み上げた。








「‥こんな‥ことをして、あの人が‥黙っていないわ」


「お前のことは知っているぞ。天霧組の次期組長の女だろ」


「‥‥知ってるなら、どうしてっーー」






目を見開いて驚く女に、悪魔のような笑みを浮かべる時雨。







「天霧組とは交流があってな。こうなることはある程度予測できていたから先に手を回しておいた」


「‥‥何、言って」


「お前、近頃飽きられて相手にされてないんだってな?若いうちは良かったが、今となっては煩わしいだけであっちも迷惑がってたぞ?所詮、愛人などその程度の存在だ」


「うそ‥、そんなの嘘よっ!」


「この件を話したら迷惑料と共にお前を引き渡すと言われてな。俺のものに手を出した代償をきちんと払ってもらうぞ」


「デタラメ言うなっ!この私が捨てられるはずがないのよ!お前たち!何をしている、早く助けなさい!」






しかし、護衛の男は黙って首を振るだけだ。



何やら電話がかかってきたようで、通話を切ると焦ったように一斉に銃を下げたところを見ると、相手が誰かは明白だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る