第9話
◇
「小夜」
「‥‥‥」
「おい、小夜」
揺さ振られるような感覚に目を覚ませば、お風呂上がりらしい時雨が怪訝そうな顔で私を覗き込んでいた。
「どうして泣いてる」
言われてから初めて気付く。
目元を拭えば、確かに濡れていた。
「‥‥分からない」
「あ?」
寝起き早々、ドスの聞いた声を出されて溜息を吐く。
‥‥面倒くさいな。
夢の中まで追求しないと気が済まないのか、こいつは。
「‥‥ねえ、寒い」
「だから何だよ」
誰かさんに脱がされた所為なんだけど、どうせ言っても無駄だろう。
まあいいか、ちょうど温かそうだし。
「‥‥おい」
「何」
「お前、気は確かか?」
湯気が出るほどに温まっていた時雨の体に触れると、今度は深刻そうな声を出されたが無視する。
‥‥ああ、やっぱり人の体温というのは心地よい。
時雨のことは大嫌いだけど、この温もりだけは別だ。
殆ど抱き着いているような体勢だが、疲労やら寝不足やらで頭がぼんやりとしているせいで、自分の行動を客観的に見ることができない。
ただ、その温もりが欲しくて欲しくて堪らなくて、手を伸ばしてしがみ付いた。
「‥‥忘れてしまえ、あの女のことなど」
背中に腕を回されて抱き寄せられる。
そのまま横抱きで膝の上に乗せられると毛布を掛けられた。
「ーー早く、俺だけのものになれ」
そんな時雨の呟きは、夢心地の私の耳には残らなかった。
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