第6話

間近でキーボードを叩く音が次第に鮮明になっていく。



熟睡していたせいで、自分が今の今まで何をしていたのか、何処にいたのかすらも忘れてしまい、焦って辺りを見渡すと講師も生徒もいなくなっているのを確認して青ざめた。




嘘、もしかして寝てた‥‥?




頭を抱えて項垂れる私の隣で、熱心にパソコンで課題をやっているらしい男を思いっきり睨む。








「‥‥今、何時」


「19時」





‥‥あり得ない。



講義なんてとっくに終わっている時間だ。







「‥‥どうして起こしてくれなかったの?」



「授業中に、それもよりにもよって一番前のど真ん中の席で寝こけていたのは、他でもないお前だろ」





元を辿ればお前のせいだと声を大にして言ってやりたいところだが、どうせ痛い目に合うだけだと身を以て知っているため、何とか堪える。




大体、好きでこの席に座っているわけではない。




暗黙の了解というやつで、この場所は時雨の席として認識されており、周辺には誰も寄り付かない。




その光景を遠目から眺めていた側の人間だったのに、いつからか強制的にここに座らさられるようになってしまった。



他の席に座ったところで付き纏ってくるし、しかも授業中だろうが何だろうがお構い無しで、時雨が移動するとすぐさま周囲から人が離れていくことになるのだから完全なる授業妨害だ。



挙げ句の果てには耳元で『ここで犯されたいか』と脅されるので従うしかないのだ。










「帰るぞ」



パソコンを閉じて立ち上がると、ノートを押し付けてきた。






「‥‥何、これ」


「ノートだ。写したければ写せ」






私が寝こけた辺りから書かれたノートは、紛れもなく時雨の字だった。




不幸中の幸いと言うべきか、いいタイミングで来ていたらしい。



なら起してくれたらいいのに。








「ありが‥‥」




とう、と続けようとして口籠る。




いやいや、そもそもコイツのせいなんだからお礼なんて言ってやるもんか。








「何だよ」


「‥‥別に」


「相変わらず可愛いげのねぇやつだな」







通路のど真ん中を堂々と歩く時雨。




行き交う生徒たちは、そんな時雨に道を譲るように、端の方に寄っていた。





ーーそう、この学校では、というよりこの街では特に、時雨は絶対者として君臨しているんだ。

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