一角獣の憂鬱

ろくろわ

一角獣のため息

 今年の夏の暑さは長く異常だった。

 蝉は鳴くのをやめ、向日葵は太陽に背を向ける。僅かに残る湖は水溜まりのように小さくなっていた。そんな異常事態に「はぁ」とため息をついたその一角獣の額には、申し訳程度の角しか生えていなかった。一角獣は自分から、あるいは周りから「角だ」と言われなければ気付かれない程の短く微かに生える小さい角を上目遣いでを見た。

 一角獣にとってその名の通り、角は一角獣を表すアイデンティティーの様なもの。その角が有るのか無いのか分からないような長さの彼は、当然、仲間の一角獣からも馬鹿にされていた。他の仲間達はやれ「俺の角は長い」だの「私の角は美しい」だの「太い」だの「真っ直ぐ」だの。皆、その外見を褒め称え見せびらかせてきた。その度に自分の短い角を見てはため息が漏れたのだった。


「はぁ」


 一角獣はまたため息をついた。

 だが今回のため息は角を馬鹿にされたから出たものではない。彼はそこらに転がっている仲間の亡骸を見ていた。湖の周りで倒れているもの。夏の暑さから逃れるために木陰に逃げ込み、息絶えたもの。そして干上がった湖の底に角が刺さったまま身動きがとれなくなっているもの。彼は仲間の最後の姿を見ながら浅く残る水を飲んだ。

 この暑さで干上がった湖は一角獣にとって死活問題となっていた。湖の深さがあった時には気にならなかったが、暑さで干上がり浅くなった湖底の水を飲もうとすると、角が底に干渉し水を飲むことが出来なかったのだ。

 一角獣とて生物だ。水がなければ死んでしまう。その水が飲めず、飲むためには角を突き立てるしかなかった。それでも口元までは届かず力尽きる。そんな仲間達を彼は見てきたのだ。そしてまだ何とか生き延びている仲間の一角獣は水を飲んでいた自分の事を見ている。


 水を飲み終えた角の短い一角獣は再びため息をついて、自分の短い角を見た。

 一角獣であるアイデンティティーによって死に逝く仲間達。有るのか無いのか分からないアイデンティティーを馬鹿にされていたのに生き延びれている自分。

 それでも一つだけ確かなことはある。例えどんな形であれ、自分の額には角が生えていて、自分は一角獣であることだ。


 今年の暑さは異常だ。

 蝉は鳴くのをやめ、向日葵は太陽に背を向ける。生き残りをかけた一角獣達は自らの角を折り丸める。

 こうして、いつしか角の生えた一角獣は居なくなってしまうのだろうな。


 角の短い一角獣は「はぁ」と深いため息をついた。


 了

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