其れに倣え

雛形 絢尊

第1話















「おい、聞いてるか?」





彼に言われ私は意識を戻した。


「お、こう聞いてる」と私は彼に言った。




向かい側の席の女とどうやら目が合っている。

どこかで見たことあるような気がした。

いやでも見たことはあっても面識があるわけではないか、と私はそちらの方向を見た。






やっぱり目が合う。




彼女は男と二人で来ている。

なのに何故私を見ているのか?

それにしても目が合う。





店員が生ビールともつ煮込みを

持ってきてくれた。

目の前にいる友人の吸い殻入れには

たくさんの吸い殻が捨ててあるのを見た。

「それでさ、」と彼が話を始めた。


彼女と男は先に店を出て行った。

最後にもう一度、目があった。





「女か?」と友人の彼に勘づかれてしまった。

「だからモテないんだよ」と毒を吐かれた。




それにしてもどうも見たことがある。

見たことがあるのか?記憶の存在か?





「あれは彼氏持ちだ」と友人の彼に言われた。

そうではない、やはり見たことがある。









ならどこで?




どういった理由で彼女を知っている?




やはり分からない。



彼女は誰なんだ?一体誰なんだ?







私は吐き気を催し、彼に一声かけてトイレへ。



しかしながら男性用トイレに人が入っている。




仕方なく私は堪えることができず外の路上へ。

私はここまで酔うことがなかった。

彼女のことを考えていたらこうなったのだ。





ひと通り私は吐いた。

冷静になり、顔を上げる。



私はん?と声を漏らす。





先程の彼女が一人で目の前にいる。








やっぱり知り合いだったのか?

それにしても思い当たらない。







彼女の方から口を開いた。

「私の結婚相手ですよね?」

私は動揺した。





私なんて嘔吐したあとだ。

どういうことですかと私は聞く。






「いや、理由はないんですけど、

結婚相手なんです」





私はまだ何も分からない。

私は言う。





「あ、多分間違いだと」

彼女は遮るように「間違いないです」






私は恋愛経験、皆無だった。

それにしてもこんな美人が?こんな男と?






「未来が、見えるのですか?それとも未来、

からきたんですか?」と私は彼女に尋ねた。





「現代人です。今を生きています」

と彼女はあっさりと答えた。

「とにかく、私の結婚相手なんです」

私は一歩引きながらも心の隅では

少し安心している。






「お、いた!」と男の声がした。

「探したよ」と彼女の肩に手を当てた男。





私は望んでもいなかったそう、修羅場にいる。




「誰この男」ともちろん彼は言ってきた。

私はちゃんと彼に説明しようとした。





「私の未来の結婚相手なんです」

と彼女は隙を見せず言った。

は?となった彼は

「何言ってんの?俺でしょ?」

と予想通りの回答をした。そうそれでいい。

変なことに巻き込まないでくれ。











「違う、別れて」と彼女は俯きながら言った。







私はそれよりも何よりも

もつ煮が食べたかった。










「待ってくれよどうして」

彼はもちろん半分怒りを隠しながら

彼女に言い寄る。







私はモツ煮を考えている。








「あの、帰っていいですか?」

と私は恐る恐る立ち去ろうとする。







「待て!ダメだ!」と彼は言う。




私はもつ煮を食べることを

禁止されているみたいだ。






「結婚、するつもりじゃなかったのか?」

彼は言葉を溜めて言った。








「なかったわ」と彼女は案外バッサリと。








じゃあこいつはどこで?

と彼は私を指差し言った。






「今日初めて会ったわ」

彼は呆れ笑いを浮かべながら彼女に言った。










「もう、さよなら。終わり」

私は生まれて初めて男女の

別れの場面に出会した。


そんな瞬間あるのかと疑っていたが、

こんな形で出くわすとは。










しかも、彼女は私の方へ?














どういうことだかさっぱりだった。





彼は意外にも聞き分けが良く、

「じゃあ、ありがとう」と立ち去っていった。







彼女と私は再び二人きりになった。











「ありがとう」と彼女は言った。

いえいえと私は返す。




「ただ彼と別れたかっただけなの」

やっぱりそうだ、彼女はそれを

理由にしてたんだ。





自分なんか興味ないよな、

なんて思いながら納得した。







「それじゃあ」と、彼女は去ろうとした。

私は呼び止めた。










「あの、もし良かったら、」





















それから2年後私たちは何の隔たりもなく

幸せに暮らすことになった。









あと半年後には子宝にも恵まれる。









まさかあんな出会いをするとは。







 





あの時、あの場所で呑んでなければ。








あの時、彼女と目が合っていなければ。








あの時、吐き気を催さなければ。









あの時、路上に出なければ。







あの時彼女が嘘をついてなければ。










その選択の上で今がある。






それが面白いって思い始めた。

人生何が起こるか分からない。








まあとりあえず、幸せであればそれでいい。





















それでいい。


















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其れに倣え 雛形 絢尊 @kensonhina

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