片想い

第6話

19時  ホール

「ありがとうございました」

 來未は、お最後の客(カップル)を見送ると、店の名前が書かれてた看板を手に取り、ホールに戻った。

「栞! 看板下ろしてきたよ!」

「ありがとう!」

 來未の声にキッチンで食器を片付けていた栞が來未の方を振り返る。

「じゃあ、わたし、事務所に看板戻してくるね?」

「解った! あぁ來未! やっぱり私が行く!」

 事務所にそのまま行こうとしていた來未を栞が呼び止める。

「栞!」

 いきなり呼び止められた來未は、看板を手にキッチンいる栞の元に行く。

「栞? どうかした?」

「なにもないの?」

「本当?」

「本当だって! ほら? いつも來未に行って貰ってるから! ねぇ?」

 栞は、來未にそう告げると、來未の手から看板を奪い取る。

「ちょっと待って栞!」

 栞の突然の行動に來未は堪らず大きな声を…

「…神林! 今更店長に媚びを売ろうとしたもう遅いぞ!」

「兼城!」

「兼城君!」

 突然現れた兼城に來未と栞は同時に彼の名前を叫ぶ。

 しかし、肝心な兼城はそんな二人の呼びかけを無視して栞に向かって

「…店長が如月に今日の朝、わざわざ買ってこさせた試作用のドライフルーツをお前が誤ってパンケーキに使ったこと、店長が知らないとでも思ったのか?」

「…」

 兼城の言葉に、その場に膝から崩れ落ちる。

「來未!」

「どうしよう?」

 栞は、涙目になりながらどうしよう叫び。

「どうしようって言われても、使っちゃったもんはしょうがないからもう正直に謝るしかないよ!」

「…來未」

 來未からの提案に、栞は目に涙を浮かべながら彼女の顔を見る。

 しかし、そんな來未の優しい提案を…

「神林。泣いている暇があるなら早く店長に謝罪しに行った方がいいんじゃあないのか?」

「かか兼城君?」

「だってそうだろ? こんな所で泣いてるよりかは早く謝罪して、怒られる時間も限りなく短くした方がいいじゃあないのか? それとも、神林は、皆の前で怒られたいのかあの店長に?」

「あぁ…」

 兼城君の言う通り、怒った時の店長はめっちゃ怖い。

 そして、もし仕事中にミスをしようものなら、仕事の終わりに、皆の前で後悔処刑と言う名の説教が始まる。

 だからこそ、ここで働くスタッフは、決して店長を怒らせない様に細心の注意を払っている。

 兼城君の提案は、栞が一番傷つかない方法だと思う。

 でも、同時に完全なる密室で、一人であの店長の恐怖に耐えないといけなくなる。

 それは、地獄以外のなんにでもない。

 そんな所に栞を一人では行かせられない。

「來未! 私、行ってくるねぇ!」

「ちょっと待っ…」

 そんな來未の頬を思いっきり掴む。

「なにするの!」

「ごめんごめん。けど、悪いのは、試作用のドライフルーツ(苺)を使っちゃった私が100%悪いから。店長に誠心誠意謝って怒られてくるよ。だから…」

「…ストロベリーチョコフラッぺ」

 來未がよく行くコンビニ(ミンミンムート)で今月限定で数量限定発売されている限定味。値段は380円。

 いつも仕事終わりにあるかコンビニ見に行くのだが、いつも決まって売り切れか入荷していないかで、未だに飲むことができていない。

 なので、栞に片付けを一人でする代わりにこれをお詫びとして奢るように申し出た。

「…ありがとう」

 來未の言いたい事を理解した栞は、一言ありがとうと來未に告げると、來未が置いた看板を持って事務所の消えていった。

「…ありがとう兼城君」

 栞が完全にいなくなったことを確認した來未は、兼城の方を向き、彼に向かって頭を下げた。

「七橋! 俺は、神林の為に言ったわけであってお前に感謝されるいわれはない」

 自分に対して頭を下げてきた來未に、慌ててふためく。

「だとしても、兼城君の言葉のおかげで栞は救われた。だから、私からもお礼を言わせて」

「…七橋」

 自分に対して満面の笑みを向けてくる來未に兼城の頬が少しだけ赤く染める。

 しかし、すぐさま首を縦に振り來未にばれない様に頬の赤みを消す。

「でも、栞のせいで今日の試作は…」

「それなら大丈夫ですよ!」

「えっ!」

 キッチンから藤井を出す。

「ふふ藤井君!」

「藤井!」

「七橋先輩お疲れ様です。これ、如月が店長に頼まれて買ってきた材料で作ったフルーツパフェとフルーツゼリーなんですけど、よかったら味見して貰えませんか?」

「えっっと…藤井君が作ったの?」

「はい…と言いたい所なんですけど、作ったのはそっちに居る兼城先輩です。そうですよね先輩?」

「…あぁ」

 藤井は、この料理を作ったのは、自分ではなく、兼城だと告げる。

 そして、話を振られた兼城、動揺しながらも…最終的には自分が作った認める。

「兼城君! なんでその事をさっき言ってくれなかったの! そしたら栞だって…」

 謝罪にいかなくても済んだかもしれない。

「七橋! 神林が使ったのは間違えなく、試作用に準備してあった生クリームとフルーツだ!」

「でも、いま、ここにその試作品があるじゃあん」

「それは…」

 來未の言葉に兼城が口をつまむ。

「七橋先輩! 兼城先輩を責めないであげて下さい!」

「藤井君!」

 兼城を庇うように、藤井が來未に話しかける。

「確かに、七橋先輩の言う通り、神林先輩が試作用の材料を店の料理に使ってしまった事は事実です。でも、神林先輩が使ったのは、如月が間違えて買ってきてしまった、ホイップクリームの方なんです。だから、試作自体には全く影響がないです」

※如月が買ってきたドライフルーツ。苺、パイン、モモ、ブルーベリー

「…そうだったんだ。じゃあ、栞は…」

 ホットケーキを頼んだ一部のお客様に生クリームと間違えてホイップクリームを出してしまったって事?

「神林先輩はご自分のミスで生クリームとホイップクリームを間違えってお客様に提供した事になります」

「…」

 藤井か最終判断に來未は言葉を失う。

「大丈夫ですか? 七橋先輩?」

「大丈夫。ごめんねぇ? 二人とも疑ったりして」

「いえ? 自分達の言い方も悪かったので。それより七橋先輩? やっぱり古橋さんと喧嘩でもしたんですか?」

「えっ? なんで?」

「いえ? いつもは、弁当派の先輩が、今日は賄を食べていたので。珍しいなぁって」

「あぁ! そう言えば、七橋、何で今日は弁当じゃあなくて賄だったんだ?」

 藤井の疑問に、兼城も乗っかるように來未に質問をぶっける。

「…ちょっと寝坊して」

「ふぅ? 珍しいなぁ? お前が寝坊なんて?」

「私も寝坊ぐらいするよ! あぁそうだ! 藤井君! その試作品、あとで栞と一緒に食べても大丈夫?」

「えっ? あぁ……大丈夫です」

「ありがとう。じゃあ、わたし、残りの片付けしてくれるねぇ?」

 二人の元から離れて行こうとした來未の腕を兼城が掴む。

「待って! 七橋、お前指輪は?!」

「えっと…」

 兼城からの問い詰めに…來未は口をつぐむ。

「お前、古橋総一郎と何かあったんじゃあないのか! だから今日は弁当じゃあなくて…」

 來未の目から涙が零れる。

「七橋!」

「先輩!」 

 來未の突然の涙に二人が驚く。

「…二人の言う通り、私…総一郎さんに…捨てられたの」 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る