第55話

「……ごめん。私なにも知らなくて」

 申しなさげに頭をさげる胡桃。

「いいよ。私も少し言い過ぎたから」

「あのさ……り」

「あぁそうだ! 忘れる所だった! はいコレ?」

 カバンの中から一冊の本を取り出し、胡桃に渡す。

 若瀬怜音=鳴海坂昴から渡された例の小説。

「なにこれ?」

「だから本?」

「それは分かるんだけど、タイトルも何も書いてないんだけど?」

 璃菜から受け取った本には、タイトルどころか、作者すら書いてない。

 なので、いきなり「はいコレ?」と渡されても正直困る。

「タイトルは書いてないけど、作者は書いてあるじゃあん! それに、今日、あんた誰の取材に行こうとしてた?」

「えっ? まさか……」

 もう一度が言うが、胡桃は若瀬怜音=鳴海坂昴のファンだ。

 胡桃は、璃菜のその言葉に、もう一度、彼女が渡してきた本をくまなく見る。

「本当に?」

 さっきは分からなかったが、表紙の一番下に小さく若瀬怜音と書かれていた。

「本当っと。それに、胡桃が、若瀬先生の大ファンって話したら、その場で、胡桃の名前入りサインも書いてくれた。

「えっ!」

 表紙を開くと「黒木胡桃様。若瀬怜音」と花をモチーフにした可愛らしいサインが書かれていた。

「あと、棗編集長と堂城副編集長には、渋谷ちゃんと話し合って報告しないことに決めたんだけど、若瀬先生、普段は、フラワーショップで副店長としても勤務しているんだって?」

「えっ! マジで?」

「本当? あと……これも、編集長たちには話すつもりないんだけど? 美人で、しかも年上の姉御肌の奥さんと結婚してる」

「うわぁ! プライベートも完璧? 羨ましい?」 

「だよね? 私たちなんか二人して振られた? いやぁ? 告白すらしてないから振られてもいないか?」

「だねぇ? ねぇ璃菜?」

「うん?」

「私、鮫島君に告白された」

「えっ?」

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