第50話

「若草さん? 大丈夫ですか? これ、飲みますか?」

 渚は、手にしていた黒いバックから、最初からこの状況を見込んでいたのか、ペットボトルの水を差し出す。

「大丈夫です!? ちよっと暑くて」

 わざとらしく両手で顔を仰ぐ。

「そうですか? でも、気を付けて下さいね? 若草さんになにかあったら、岡宮が悲しみますよ? あいつああ見えて、女性の涙にもろ弱いんです。あんな男勝りな性格してる癖に」

「…そうなんですか?」

「はい。だから、あいつに、結婚式の招待状を貰った時は、驚きましたよ? だって、岡宮の奴そんな素振り一瞬も…」

「ちょっと待って下さい!」

 後の言葉を言おうとした瞬間、樹里が驚きの声を上げながら割って入ってきた。

「どうかしましたか?」

 渚は、驚く事なく、平常心で、返事を返す。

 それどころか、口元は、不敵な笑みを浮かべている。

 一方、樹里は、渚からの「結婚式の招待状」に驚き、周りが見えていない為、渚の表情の変化に気が付いていない。

「そんなの知らない!?」

 怒りで、今以上に周りが見えなくなっている樹里が、怒りに身を任せてまま、渚に襲い掛かってきた。

『……お礼がいらないなんて嘘なんですね? だって、このキスがお礼なんですよね?』

 _ヒュー_

 樹里の背中に、冷たい風が突然吹く。

「大丈夫ですか? 今度は、さっきより顔色青ざめてますけど?」

「あぁぁぁぁ大丈夫です」

 渚に襲い掛かっていた樹里は、恐怖で一歩うしろに下がる。

「そうですか。でも、まだ、顔が…」

 渚が、心配そうに自分の顔を覗き込んでくる。

「渚さん! 本当に、大丈夫ですから!? それより、永輝さんから貰った招待状、今、手元にありますか? あるなら私、見てみたんですけど?」

 自分の気持ちを落ち着かせるために、話題を強引に切り替える。

 すると、渚は、おもむろに黒いバックの中から、白いユリと白い蝶がデザインされた一通の封筒を取り出し、樹里の前にそっと差し出す。

「丁度、招待状の返事を出しに行く所だったのでよろしければどうぞ」

 勿論、招待状など存在しない。

 これは、渚が、樹里に見せる為だけに作成した偽物。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る