第20話

『…貴方一体何者? これ、渚ちゃんの携帯よね?』

 数秒間の無言を得て、昴の質問に相手も質問で返してきた。

 当たり前だ。向こうは、電話の相手つまり泉石渚と思って話し掛けている。

 それなのに、自分達に話しかけてきたのが、自分の全然知らない男なのだから。

「初めまして。自分は、渚の友人で鳴海坂昴と言います」

『…』

 名前を名乗った瞬間、電話口が再び無言になる。

「あの?」

『あぁ! ごめんなさい。あの…いや、私たちは雫丘出版働いています』

「雫丘出版って、あの、雫丘出版ですか? 政治家のスキャンダルから、料理のレシピまで幅広い情報、世代をターゲットにしてるあの雫丘出版ですか?」

興奮が止まらない。

雫丘出版は、昴の憧れの雑誌、「晴海」を制作している。

「はい! あの? ところで渚ちゃんは?」

 渚は、自分を置いて部屋から出て行った。

「…」

『……なにかあったんですか?』

 急に無言になった昴を、電話口から心配する声が聴こえてきた。

 けれど、その声は、オネェの声ではなく女性の声。

「いえ! なんでもありません」

『そうですが……あの? 今更なんですけど…渚さんは、いらっしゃないんですか? 久しぶりに、彼と話したいんですけど……』

「すみません。あいつ今出掛けてるんです」

 昴は、嘘をつく。

『…鳴海坂さん。それ、嘘ですねよ? 自分から出て行ったんじゃあないんですか?』

「!?」

 見抜かれた! どうして!

 動揺で携帯を握る手が汗でべたべたになる。

『…鳴海坂さん。私と堂城先輩が、今ここに居るのは、渚さんのおかげなんです。あの人は、自分の苦しさを絶対他人に見せない。でも、相棒と認めた鳴海坂さん! 貴方には、見せていたんじゃあないんですか?』

(あぁ!)

『…昴。僕の我儘につきあわせてごめん。クロユリありがとう』

 俺こそ最低な男だ。

 あいつこそ、一番苦しんでるに決まってるのに。

 それなのに、俺は…他の奴に感情移入してしまった。

 それも、あろう事か調査対象にいつの間にか渚同等いや、彼以上に関心を持ってしまった。

 一途に一人の女性を想い続けるあいつを自分だけは、隣で支えようって決めたのに…俺自身もあいつを裏切ってしまった。

『…渚ちゃんって、困ってる人を見つけるのは得意なくせに、自分は絶対他人に助けを求めない。本当馬鹿な子よね?』

『だから、鳴海坂さん! 今すぐ彼の所に行ってあげて下さい』

「!? ありがとうございます」

 昴は、そのまま黒いリュックを持って外に飛び出した。

 ☆

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